廖修平先生のこと

1.廖修平先生との出会い

大学院時代のコラグラフ作品
大学院時代のコラグラフ作品(1977)

上の作品は私が筑波大学の大学院生だった時に版画の実習授業で制作したものです。当時台湾人でニューヨーク在住の版画家、廖修平(リャオ・ショウピン)先生が客員教授として大学に招聘され、先生から1年間このコラグラフという版画を教えていただいた。もう40年も前のことになります。
コラグラフという版画は、紙、布、金属等種々の厚みのある素材をコラージュし、またモデリングペーストなどアクリルのメディウムを塗り込め凸凹を付けた厚紙を版とし、それを凹版印刷あるいは凹凸版の一版2色印刷するものです。今では日本でもコラグラフは版画手法の一つとしてだいぶ認められてきたが(それでもコラグラフを凸版版画として捉える向きが多々あります。基本的には凹版として発展してきたのが事実です)、当時はまだ日本ではほとんど知られておらず、私たちはこの外国からの先生の授業を、興味を持ちながらも恐る恐る受けていました。
廖先生は、他の大学の指導教員の先生方とは全く違っていました。彼らは私たちを全く自由に、放っておいてくれたのですが、廖先生は一つ一つの内容を丁寧にまた激しく熱心に教授してくださった。自らあみ出した独自の技法も惜しげもなく披露し、「この意味分かる?」という口癖を連発しながら、片時も休まず学生の間を歩き回っていました。先生からは自分の持っているものはともかく全部教えようという熱意を感じました。私はわたしの持っていないエネルギーに感心しながらも、実はその気迫と熱心さには少々たじろいだものでした。
当時の私は、殆ど授業に出ず雀荘や喫茶店に入り浸り、気だるい自由と怠惰を貪りまくっていました。傲慢にも、大学の授業には自分の求めるものはないし、何より芸術は人から教わるものではないと思っていました。自分で求め歩き、本を読み、試行錯誤して自ら掴み取ったものしか信じない偏屈な人間でしたが、かと言って自分の作品など簡単に出来るはずもなく、自分なりにはかなり悩み苦しんではいました。しかし、ろくに学校にも行かず先生にはことごとく反発し、そして「何者でもなかった」私を、廖先生は疑いも持たず「何者かになる」と信じて教えてくださった。その純粋な教育観と人間性に私は感動しました。私はそれまで出会った教員に影響を受けるということがほとんどなかったので、廖先生は教えていただくということのありがたさを感じた、また人間として信じてもよいと思える最初の先生でした。
廖先生の制作に対する純粋で真摯な態度に、私は強烈な印象を受け感動しました。しかし、私は持前の怠惰さで、その廖先生の授業さえ次第に怠けるようになっていたという記憶が残っています。今の私の基盤は大学時代が培ってくれたものだと、その点では悔いはないが、廖先生の授業をリタイアしてしまったことは我ながらつくづく情け無いなぁと思っていたのですが、先日荷物の中から上のような作品が何点か出てきて、一応最後まで頑張ったんだということが分かりホッとしました。

大学で廖先生と
大学で廖先生と

2.コラグラフ再び

「島大通信」の表紙に使ったコラグラフ作品
「島大通信」の表紙に使ったコラグラフ作品(1994)

大学卒業後、私は高校教員、大学教員として美術と絵画を教えながら自分の絵画作品を描いていました。もともと自分勝手に始めた絵描きというヤクザな商売の中で、学校教育という場所で自分の好きなことを教えることで生活ができ、しかも休みを利用して自分の制作ができるというのは全く僥倖と言うべきことですが。
島根大学に赴任して3年目の1994年当時、私は「STUFF」というシリーズで制作していました。私の描いていた作品はこのHPのを見ていただきたいのですが、1992年からこのスタイルで作品を制作・発表していました。一方、大学で年に2回発行している「島大通信」の表紙を任されていて、それには自分の描く絵画のスタイルではなく、他の面白いと思うスタイルや手法を自由に描いて載せてもらっていました。ある時、以前教わったコラグラフでこの表紙の作品を作ることを思いつきました。それが上の作品です。アクリルメディウムが乾かないうちにその場で感覚的にストローク等の跡を付け凸凹の版にした作品です。
その3年後、私は「STUFF」のスタイルに見切りをつけ、新しいスタイルに移行して行きます。3年前には全く気付かなかったのですが、その新しいスタイルとは、このコラグラフで表現しようとしていた内容-「自分がこの時、この場で生きているといることをアクションの跡として示し、絵画を時間と空間がともに収斂する場とする」-ことをコンセプトとしたものでした。その表現のために今までの絵画制作からコラグラフという版画制作に向かったのでした。(正確に言うと版画家に転向したわけではなく、描きたい作品のために版画という手法が必要だったということで、絵画での表現を辞めた訳ではなかったです)
3年前に軽い気持ちでちょっとだけ取り組んだコラグラフが、その後自分が目指す作品になるとは全く考えていませんでしたが、何か運命的な予感があったのかもしれません。
この制作の転換を機に、自分のコラグラフ制作と大学院時代からあこがれていたポップ・アートの研究にあたるため、ニューヨークでの研修を考えるようになりました。その時ニュージャージー在住の廖先生のことが脳裏に浮かびました。早速廖先生に連絡を取り、以前廖先生が教鞭をとっていたシートン・ホール大学の客員研究員になるための手続きをしました。
廖先生はたまたま客員教授として私に授業で教えただけで、その後20年近くも音沙汰のなかった一学生の申し出を快く引き受けてくれて、当時のシートン・ホール大学芸術学科の客員研究員の資格を取得できるよう手はずを整えてくださいました。そしてそれをもとに文化庁派遣芸術家在外研修員制度に応募し、ニューヨークでの1年間の研修を行うことができました。

3.ニューヨークでの研修

プリントメイキングワークショップで制作した作品
プリントメイキングワークショップで制作した作品

1997年、私たち家族がアメリカに渡った日、廖先生は私たちをニューアーク空港まで迎えに来てくれ、その日は先生宅に泊めていただいた。その後私たちの家の賃貸契約、ソーシャル・セキュリティー・カードの取得等アメリカでの生活の最初の段取りのほとんどを手伝っていただいた。私たち家族は、3人の子供はそれぞれ公立の小学校の1年と6年、高校の1年生として地元ニュージャージーの学校に通い、私は週のうちの2~3日をマンハッタンの23stにあるプリントメイキングワークショップで版画を制作し、その他の日は大学での研修や家での制作にあてるという生活でした。
時々朝早くに廖先生から「アライ、ちょっと来て」という電話が入り、私は先生の制作を手伝うため車で25分ほどかけて廖先生宅に行きました。廖先生は当時シルクスクリーン制作のための薬品で鼻をやられていて、替わりにその処理を行ったり、たまにはその時廖先生が制作していたペインティングの作品の中の一行程-それはコラージュした画面に絵具を塗り、それを凹版画の要領で拭き取る作業でしたが-を手伝ったりしました。作業が終わると昼にはいつも近くのイタリアンレストランに連れて行っていただいた。今でも廖先生の分厚い作品集の中のその作品を見ては「この部分は俺が手伝ったんだよなぁ」と思ったりしています。
プリントメイキングワークショップで制作した版画作品は、シートン・ホール大学のギャラリーとソーホーのキャスト・アイアンギャラリーの2か所で展示させていただいた。その他子供の学校行事に参加したり、フロリダやカナダ、グランドキャニオンなどに旅行したり、ニューヨークでの1年間の生活は私の人生の中でも特別なものになっている。とても語りつくせないので、参考にこのHPの[essay]の「NEW YORK HANGING AROUND」を見ていただきたい。

キャスト・アイアンギャラリーでの個展
キャスト・アイアンギャラリーでの個展

またその12年後の2010年、研修先だったシートン・ホール大学のギャラリーでグループ展を開くことができました。10日余りの滞在期間中、当時の学部長だったDr.Chuのお宅にホームスティしながら、展覧会行事のほか、ニューヨークの美術館や当時私たちが住んでいた家を訪問するなど、なつかしさに浸った旅でした。このこともHPの[topics]「ニューヨーク滞在日記①~⑤」に詳しく書いています。

シートン・ホール大学ウォルシュギャラリーでのグループ展
シートン・ホール大学ウォルシュギャラリーでのグループ展

4.廖先生との再会

廖修平「版図彍張 Expanding the Scope of Printing : a Gifted Venture with Liao Shiouping」展
廖修平「版図彍張 Expanding the Scope of Printing : a Gifted Venture with Liao Shiouping」展

そして今年廖先生は80歳になられた。とてもお元気で制作意欲も旺盛です。今まで先生は母国の台湾での制作発表や台湾師範大学での後進の指導だけでなく、世界各地での発表や版画の普及活動で多くの功績を残しています。それを讃えて今年は台湾各地で大規模な記念展が行われています。先生には台湾のみならず世界各国に教え子も多いため、その展覧会には多くの教え子の作品も同時展示されることとなりました。その一つが2月27日から3月20日まで台南市の台南文化中心で行われた「版図彍張 Expanding the Scope of Printing : a Gifted Venture with Liao Shiouping」展です。
私もこの展覧会に出品し、また参加するために台湾に行ってきました。台南市に着くとまずは飲茶のレストラン「度小月担仔麺」で廖先生と再会しました。ここは担々麺発祥の店。本場の飲茶も本当においしい。廖先生とは10数年ぶりの再会でしたが、全く変わることなく昔から知っているいつもの廖先生でした。

「度小月担仔麺」で廖先生と再会
「度小月担仔麺」で廖先生と再会

この展覧会では1階の展示室に廖先生の作品約70点の展示、2階には廖先生の教え子達、アメリカ、カナダ、韓国等9か国から67名の版画作品が展示されました。

廖先生の教え子たちの作品展示風景
廖先生の教え子たちの作品展示風景
このあたりが日本の作家(私の作品は一番左)
このあたりが日本の作家(私の作品は一番左)

展覧会のレセプション、懇親会も盛大で、私たち出品者も台湾式のたいへんなもてなしを受けました。

スピーチをする廖先生
スピーチをする廖先生

余談ですが、もてなしと言えば展覧会関係だけでなく、台湾滞在中あらゆる場面で温かいもてなしを受けました。ちょうど私の大学の同級生が、台南市の「台南應用科技大学」版画科の客員教授として来ていたので彼とも再会(上の写真の私の右隣)し、彼の紹介で、台南應用科技大学内のホテル(ホテル学科の実習用ホテルでレセプションを学生が務めていた)に泊めていただいた上、版画科の主任教授の先生には朝、昼、晩とも台湾のおいしい料理をいただいた。版画科の学生達とも交流を深め、幸運なことに簡単なレクチャーもさせていただいた。また台北に回ってからも、台湾師範大学版画科の先生にお世話になるなど、台湾の方々のホスピタリティーに感激しました。

廖先生の大回顧展は台南市を皮切りに高雄文化中心、桃園文化中心を巡回し、今年9月からは台北市の國立歴史博物館で「福彩、版華。廖修平之多元藝道」という大回顧展が開催されています。

「福彩、版華。廖修平之多元藝道」展ポスター
「福彩、版華。廖修平之多元藝道」展ポスター

40年にもわたってずっと慕っていられる恩師に出会えたのは本当にうれしいことです。
今、日本でも当時の教え子たちが廖先生を招いて展覧会を開こうと計画中で、もうすぐまた廖先生に会えそうです。

島根大学生涯学習講座「版画講座」

-ドライポイントプレートで凹凸版刷りを楽しもう- (10月24日-11月21日)

毎年秋恒例の島根大学生涯学習講座、今年は「版画講座」-ドライポイントプレートで凹凸版刷りを楽しもう−と題して5週に渡って実施しました。

基本的にはドライポイントですが、版に厚紙を使いニードルやビュラン、ルーレット等の道具で線描する(いわゆるドライポイント版画)の他に、紙や布などのコラージュを施して様々な表現効果が楽しめます。また厚紙なので紙の一部を剥いだり、ベルソーやルーレットなどの版画道具で効果的な模様をつけることもできます。
またこの版画の楽しみは、1つの版で凸版刷り、凹版刷り、凹凸版刷りの3種類の印刷ができることで、それぞれ違った表情の作品が楽しめる版画です。
たくさんの作品ができました。最後はできた作品を飾って発表会をしました。

版画講座
版画講座
版画講座
版画講座
版画講座
作品発表会

地方美術館めぐり(4月30日〜5月12日)

春の飯綱高原
春の飯綱高原(長野県)

ゴールデンウイークに、帰省や出張仕事のついでに巡ったいくつか地方の美術館についてレポートします。

■須坂版画美術館・平塚運一版画美術館

須坂版画美術館・平塚運一版画美術館
須坂版画美術館・平塚運一版画美術館

長野県北部、須坂市に珍しい版画専門の美術館があります。
この須坂版画美術館には地元の版画家である小林朝治作品と、毎年逐次購入している若手作家の新収蔵作品、それと島根県松江市出身の版画家平塚運一の作品が展示されています。
平塚運一の作品はこの美術館内の特に設けられた分館的なスペースに常時展示されていて、須坂版画美術館は別名平塚運一美術館とも呼ばれます。
平塚運一の作品がこの地で展示されているのは、前述の小林朝治らとの交流で何回か須坂を訪れたためと書かれていますが、特に親密な関係であったとは思えずちょっと不思議な感じがします。
松江から遠く離れた須坂市に平塚運一の名を冠した美術館があることを、松江の、島根の人たちのどれほどが知っているか。おそらくほんの一握りだと思います。島根県立美術館にも平塚運一の収蔵作品はありますが、両美術館が交流したとか、松江市と須坂市が平塚運一作品を介して交流を図ったとか聞いたことがありません。
私にとっては現在の居住地出身の作家の作品を、私の妻の故郷である地で見るのは何か感慨深いものがありますが。
今回は運一が67歳で渡米してから33年間のアメリカでの作品を特集して展示してありました(運一は99歳で松江に帰って1997年102歳で他界しています)。いつもの(と言うのはアメリカに渡っても作風は変わらず)運一らしい朴訥とした彫り跡の素朴な味わいは、どこで見てものんびりホッとします。
http://www.culture-suzaka.or.jp/hanga/info.html

■ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)

ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)
ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)

昨年12月、埼玉県川越市にヤオコー川越美術館が、故三栖右嗣の作品を展示する美術館としてオープンしました。
5月4日、友人の誘いで川越観光中にこの美術館に立ち寄りました。三栖右嗣は1976年「老いる」で第19回安井賞を受賞以来、超具象の人気作家として活躍が良く知られています。
ヤオコーの創設者が個人的にファンだったそうですが、このような個人美術館ができるのもわからなくはありません。
しかも設計が伊藤豊雄であり、外観は上の写真のように華やかさはない小さな美術館ですが、こじんまりしたその飾らなさの中にも、柱や照明などにしゃれた面白さが感じられる、心地よいスペースです。また実は外観は単純な方形に見えますが、地面部分には水が張られていて、そこに丸みのある水面ラインが現れる仕掛けになっています。
私は三栖右嗣はじめ最近人気の超写実絵画作家は基本的に好きではありません。写実作品はそこに描かれているものだけがすべてで、それがなぜそう見えるかは問いません。そう見えるからそう描くのだと。私は絵画作品にはそこに描かれていない何かが鑑賞者を惹きつけるものだと思っています。つまり作品そのものではなく作品を媒体として作家と鑑賞者の関係で世界が築かれるものだと。そうした開かれ方が現代の絵画には必要なのだと思っています。また技術は何をするのでも必要ではありますが、絵画としての描写力はそれが絶対ではないと思っています。ダダの洗礼をまともに受けた私は、描写力を批判的に考えない作品にはどうも違和感を覚えてしまいます。
ただその写実作家の中でも三栖右嗣は、グラッシュ等のいやらしげな古典手法を使わず、ぺたぺたと油絵具を気持ちよく塗りつけ、またかなりの省略をすることも多く、絵になりそうもないようなものを好んで描くなどの点は気に入ってはいますが。
http://www.yaoko-net.com/museum/

■筑波大学芸術系収蔵作品展(筑波大学研究棟ギャラリー)

筑波大学芸術系収蔵作品展
作品展示風景

番外編です。
私の大学時代の恩師、山本文彦先生が、日本芸術院会員に就任したことを祝賀する会が、連休中に筑波大学で催され出席してきました。
私は山本先生の大学院での指導学生第1号だったので、祝賀会ではスピーチまでさせていただきました。
祝賀会に合わせて山本先生の個展が大学会館内のギャラリーで催されていましたが、他にもいくつか関連事業があって、私たち卒業生が大学に寄贈し、筑波大学の収蔵となっている作品も展示されていました。写真が筑波大学研究棟ギャラリーでの展示の様子です。手前が私の1994年の作品です。懐かしい作品に対面しました。隣が、前々回のtopicsで紹介した野沢二郎、その隣は井草裕明、その隣は加藤修の作品。

■松本市美術館

松本市付近から望む北アルプス
松本市付近から望む北アルプス

5月5日、長野からの帰りがけに松本市美術館に寄りました。

松本市美術館
松本市美術館

松本と言えば草間彌生の生誕地。美術館でも庭の大きな野外作品(写真①)、入口受付付近の「かぼちゃ」(写真②)をはじめ自動販売機(写真③)まで草間彌生一色でした。また展示では草間彌生「魂のおきどころ」と題して、初期の絵画からいくつかの小さめなインスタレーションまで、かなりのスペースを取って常設展示をしていました。

草間彌生の野外作品
写真①
草間彌生の作品「かぼちゃ」
写真②

世界的に活躍している草間は郷土の誇りであると思いますが、認知されたのはつい最近のことのようです。60年代のパフォーマンスなどは、当時はかなりセンセーショナルなもので、郷里の人からは逆に煙たがれる存在だったようです。草間の世界的な人気が松本に逆輸入されて、後から認められたということになるのだと思います。

自動販売機
写真③

他には郷土出身の作家−冬山を描く田村一男、書道界で教育面でも功績のあった上条信山、彫刻家の細川宗英など−の作品がそれぞれ部屋を区切って個展形式で紹介されていました。
設計は宮本忠長という、くしくも長野県須坂市出身の建築家によるものですが、近代建築でありながら、明るく伸びやかな空間が非常に居心地の良いスペースになっていました。
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/artmuse/index.html

■小さな夢美術館「山中現」木版画展

ギャラリートークをする山中現氏
ギャラリートークをする山中現氏

鳥取県米子市の錦海団地の一角に個人のお宅を改造した美術館、「小さな夢美術館」があります。そこお住まいだった岩田さんという方が公務員をしているかたわら、10年前から収集した版画作品や、ご本人が企画した版画展を開く私設美術館です。五年前に御主人が他界なされ、その遺志をついで奥さまががんばって続けていらっしゃいます。
現在(5/12-6/30)木版画で人気の高い山中現の個展「心のかたち」展を開催しています。
5月12日は本人のギャラリートークがありましたが、ちょうどその日が私のやっている山陰中央新報文化センター版画教室の開講日にあたっていて、その日の講座は山中現展の鑑賞とギャラリートークを聞く会になりました。
ご承知のように山中現は木版などの版画作品が全国のギャラリーや版画雑誌などいたるところで見られる、超売れっ子の作家です。しかしご本人はまったく芸術家然としておらず、ごくごく普通の感じで話が始まりました。
木版画を選んだ理由、白黒の作品からカラー作品になった経緯や技法、版数など質問を交えながら淡々としかもユーモアを交えてお話ししていただきました。
面白かったのは氏が絵具や版紙にあまりこだわりを持っていないこと。絵具は最初に使ったのがホルベインのガッシュだったのでずっとそのままとか、紙は奥秩父で市販している安いものだとか。
私たちは版画家というとついマニヤックな趣味やこだわりがあるのだろうと考えがちですが、氏はそのようなこだわりがないことこそが、あの独特の緩さと緊張感との絶妙にバランスのとれた、とても安らげる作品の秘訣なのだと思います。
とは言っても、実はよーく見ないとわからないようなところで非常なこだわりをもっていて、彫刻刀で切り取った角をサンドペーパーで削ってにじみを出したり、微妙にずらして同じ色と形を重ねたり。これもまたことさら声高に言ってはいないですが、プロだからこそやって当然のことです。
そのような作家の精神をとても面白く感じました。
http://yumebi.blog133.fc2.com/

美研のあれこれ⑤

ハロウィングッズ集合
ハロウィングッズ集合

1.卒研中間発表会(10月5日)

今年もまた恒例の卒業研究中間発表会がありました。(写真①)

発表者は4年生8名(絵画専攻2、デザイン専攻1、彫刻専攻2、工芸1、美術教育専攻2)。

この中間発表では、3年後期から約1年間、演習 Ⅱ 授業やゼミなどで研究してきた卒業制作(論文)の概要を全専攻生と教員を前にして発表します。
来年2月の発表会及び美術館での展覧会が最終発表の機会になりますが、研究段階としてはこの時期がもっとも大切で、この発表会までに研究作品のコンセプトとスタイルを確立し、どのような卒業作品となるかを示さなければなりません。

卒業研究中間発表会
(写真①)

今年も絵画ゼミ生の研究経過をちょっとだけ紹介すると、
Fさんは、不安や虚無感などのネガティブな感情が、弱くて脆い人間の真実だと感じ、その不安定な感覚を、自分が幼少期から経験してきた記憶–蝶や虫の羽、植物の葉などとの関連–から形象化しようとしています(写真②)。
Fさんのような、若く元気なお嬢さんがこのような感覚を内に携え、それを作品化しているところが今日的?と言えるでしょうか。ウエットだけど軽く、曖昧だけどキュートで、鑑賞者の心にシンと沁み入るような形体と空間は生まれるでしょうか。
Hさんは一般の人が何とも思わない、あるいはかわいいとかおいしいとか感じるもの、例えば人形とか苺や桃などのくだものとかに不快感を覚えていました。今ではトラウマとなっているそのような気持ち悪さを画面にぶちまけることにより、理解され難い個人の感覚を作品化することをテーマとしています(写真③)。
多量のメディウムや油彩絵具を使い、抽象化させた画面はかなり迫力が出てきました。ただ画面を気持悪く見せればいいのではなく、いわば捨て鉢な叫びのようなものが、個人のものでしかないものを「ふーむそういう感覚あるかも」と思わせることができるかがポイント。
あと2カ月!2人のこれからの精進が期待されます。

Fさんの作品
(写真②)
Hさんの作品
(写真③)


2.公開講座-版画講座(10月13日~11月10日)

生涯学習センター主催の一般向け講座ですが、今年も昨年に引き続き「ドライポイントプレートで凹凸版刷りを楽しもう」と題して版画の講座(全4回)を開きました。(写真④)
基本的にはドライポイントですが、版に厚紙を使いそれにニードルやビュラン、ルーレット等の道具で線描する(いわゆるドライポイント版画)の他に、紙や布などのコラージュを施して様々な表現効果が楽しめます。(写真⑤)

また1つの版で凸版刷り、凹版刷り、凹凸版刷りの3種類の印刷をすることで、それぞれ違った表情の作品ができ、刷りも楽しめる版画です。(写真⑥)

たくさんの作品ができました。できた作品を飾って発表会です。(写真⑦)

版画の講座
(写真④)


版画の講座2
(写真⑤)
版画の講座3
(写真⑥)


版画の講座発表会
(写真⑦)

3.教科内容学研修会 「増井三夫氏講演会」(11月9日)

私たち教育学部教員5人で共同研究している「教科内容学研究の開発と推進」プロジェクトも3年目を迎えました。
今回の研究会は聖徳大学児童学部教授、増井三夫氏による講演会と討論会を行いました。
演題は「教科内容学の現状と課題内容構成研究」。
増井氏は長年にわたり教科内容学の研究を進められており、現在内容構成学研究において先導的役割を果たされている方です。
「教員養成における教科内容学研究」(日本教育大学協会特別研究助成事業)、「教科専門と教科教育を架橋する教育研究領域に関する調査研究」(文部科学省先導的大学改革推進委託事業)等数々のプロジェクトの中心となって多くの著書や論文を発表されています。
今回の講演会では教科内容学研究の歴史や現状、また現在の論点やご自身の立場などをご講演いただきました。
その後の質疑応答では、教科内容研究は「学」と成り得るか、教科専門教員による教科内容授業の在り方とはといった問題が出され活発な議論がなされました。
島根大学教育学部で2004年から行われている「教科内容構成研究」授業を進めている私たちにとって、今回の講演会は教科内容学について初めて網羅的に把握できたばかりでなく、私たちの授業が全国的趨勢の中でどのような位置にあり、どのような意義があるのかを知り、また「教科内容構成研究」授業の在り方を省みる絶好の機会となりました。(写真⑧)

教科内容学研修会 「増田三夫氏講演会」
(写真⑧)

美術館&ギャラリー巡り 2010.11.12-11.15(その2)

アンパンマンの木
深川の小路のアンパンマンの木?

【清澄白河ギャラリー群】

半蔵門線の清澄白河で降りて、小山登美夫ギャラリーへ。

深川は初めてでしたが、下町の情緒を残していて、ゆったりと時が流れている感じでした。
清澄公園を経てこの辺だと思うところまで来てもギャラリーらしい感じが全然せず案内もどこにもありません。倉庫になっている建物で働いている人に聞くと、「みんなあのエレベーターに乗って行くよ。」と言われて業務用のどでかいエレベーターで7階へ。
エレベーターが開いたとたんに今までの風景とは一変して広くて清潔なギャラリーがドーンと目に入りました。(写真①)
小出ナオキ、工藤麻紀子、桑原正彦らギャラリーが扱っている作家の展示でしたが、どれもいかにもこのギャラリーの作家だなというものが見られました。

小山登美夫ギャラリー
写真①小山登美夫ギャラリー

小山登美夫ギャラリーばかりが有名になっていますが、ここには5F、6F、7Fに計8つの、どれも実力派のギャラリーが入っています。

一つ下へ降りて6Fの「キドプレス」ギャラリーでは藝大准教授のOJUNの銅版画展。
OJUNの版画は珍しいですが、ここはもともと版画工房をしていたところなので版画展が多い。

「horomiyosii」ギャラリーでは泉太郎展。(写真②)
「捜査とあいびき」という展覧会。このタイトルにもまた「あっそう。」という感じですが、それでもこれは作品の説明をしてるかなとも思います。

「horomiyosii」ギャラリー
写真②「horomiyosii」ギャラリー

ミニチュア版ですが泉のスタイルのエッセンスが詰まっている作品でした。
写真ではわかるかどうか、仮設の丸い通路(床より少し高い位置に作ってある)の中をトラのぬいぐるみ(また出た!)を背負った泉本人が這い回ります。そこにはわざとその進路を妨害する様々なガラクタが置いてあり、泉はそのガラクタの間を悪戦苦闘して這い回るうちにどんどん汚くなっていきます。
その様子を数台のカメラに収め、その映像と仮設の装置と行為の残骸が展示されているという、これぞ泉!という作品でした。
この何ともいえぬばかばかしさ、カッコ悪さ、情けなさ、緩さ・・・・がこんなにも晴れやかで心地よいのは、この無能力性が日常を突き抜けそして精神の再生に繋がっているからでしょうか。
堪能しました。

美術館&ギャラリー巡り 2010.11.12-11.15(その1)「泉太郎はすごい!」の巻もご覧ください)

もうひとつ階を下ると「Taka Ishii Gallery」。
村瀬恭子の「サファイア」展をやってました。(写真③)
村瀬は「ネオテニー展」以来「絵画の庭展」などいろいろなところでお目にかかります。いまや超売れっ子ですね。
今の子の世界の探知の仕方というのはこんな感じなのかなというのがよく出ています。
非常にナイーヴな感覚器官で精いっぱい受け止めたという感じが伝わってはきます。

Taka Ishii Gallery
写真③Taka Ishii Gallery

もうひとつが「ShugoArts」。(写真④)
ここでは「LEE,Kit」というアーティストの布生地を使った個展をやってました。これも素晴らしかった。

ShugoArts
写真④ShugoArts

どのギャラリーも気品がありソフィスティケートされていて素敵でした。案内表示をどこにも出さないことなんかも含めて若干気位が高いっぽい感じ?もありましたが、それだけ自負もあるのでしょうね。内部の構造や空間の感じ、レセプションやスタッフの様子などまるでチェルシーのギャラリーにいるようでした。

美研のあれこれ(その2)

川瀬一絵写真展「空の耳」より
(川瀬一絵写真展「空の耳」より)

○3年生教育実習Ⅳ終わる

附属中学校で実施していた学校教育実習Ⅳ(3年生 A班8月31日-9月30日、B班10月5日-11月5日)が終わりました。
各班1年生が「型取れ ! ドリーム★ピーマン」(彫刻内容)、3年生が[広がる世界−マイ・キューブ](介護内容)というタイトルで独自の題材を考案し、指導案を作り分担して授業を行いました。(写真①②)

3年生教育実習
写真①
3年生教育実習
写真②

先日はその総括として2年生主催の授業協議会が行われ、実習授業の反省や活発な意見の交換をしました。(写真③)

授業協議会
写真③

みんな、いろいろたいへんな思いをして乗り切ってきました。
自分自身の全人格や能力をフル動員したこの経験は、先生としてだけではなく自分を作って行く絶好の機会だったと思います。
この実習活動をまとめて、1月には専攻内で発表会を行う予定です。

○生涯学習 版画講座(10月22日〜11月12日)

昨年から実施している生涯学習センター主催の一般向け講座ですが、今回は「ドライポイントプレートで凹凸版刷りを楽しもう」と題して版画の講座(全4回)を開きました。(写真④⑤)

版画講座
写真④
版画講座
写真⑤

厚紙版を使ったドライポイントで、製版にニードルやビュラン、ルーレット等の道具での線描の他に紙や布などのコラージュもでき、様々な表現効果が楽しめます。
また1つの版で凸版刷り、凹版刷り、凹凸版刷りの3種類の印刷をすることでそれぞれ違った表情の作品ができ、刷りも楽しめる版画です。
手軽にたくさんの作品が作れますので受講生の皆さんには好評でした。(写真⑥⑦)

受講生の作品
写真⑥
受講生の作品
写真⑦

ここで卒業生の話題を2つ

○安田陽子のデザインが「瀬戸内国際芸術祭」のお土産に採用。

ホントは[Topics「直島&瀬戸内国際芸術祭」]の最後のところで紹介するつもりだったのですが、それがいつ終わるとも知れず・・・・という感じ(トホホ)なので、もうここで書いてしまいます。
瀬戸内国際芸術祭ではフェスティバルにちなんだお土産が多数販売されていました。
これは「Roooots瀬戸内名産品リデザインプロジェクト」というプロジェクトがプロデュースしたものですが、そのパッケージデザインはコンペで決定されました。
その中の[瀬戸内ジェラ「まぁ〜るごと瀬戸内海」]というジェラートのビンのデザインに我がゼミの卒業生、安田陽子のデザインが採用されました。
これです!(写真⑧)

瀬戸内ジェラ「まぁ〜るごと瀬戸内海」
写真⑧(クリックで拡大します)

審査員の佐藤卓の評には「親しみやすく、いい意味で人が[普通]に接することができる」(瀬戸内国際芸術祭公式ガイドブック2010)とあります。
安田は平成16年度卒。今は米子のデザイン会社でデザイナーをしています。
今年8月のSEED展でも実行委員としてDMやポスター、パンフなどのデザインを一手に引き受けてくれました。
私も直島を離れる時「海の家直島」で購入。暑い夏の日のさわやかな思い出ができました。
安田、またがんばって!

○川瀬一絵写真展「空の耳」

先日の東京出張時に卒業生の川瀬一絵の写真の個展に行って来ました。
場所は秋葉原からほど近い大伝馬町の「dragged out studio」。期間:2010年11月11日(木)−21日(日)。
川瀬が勤めている写真スタジオの中にあるホワイトキューブのギャラリーでした。(写真⑨⑩)

ホワイトキューブのギャラリー
写真⑨(クリックで拡大します)
ホワイトキューブのギャラリー
写真⑩(クリックで拡大します)

川瀬はH.15年度卒。デザインゼミの学生で、在学中から写真作品を制作していて、卒業後東京で写真の勉強のかたわら写真スタジオ「ゆかい」に入って仕事をしています。
彼女の写真に懸ける情熱はすごく、言い寄る男どもを蹴散らしながら(!?)「大地の芸術祭」の記録写真の仕事などに奔走しています。
今回の写真展は新作約40点を展示。そこには「よーく見るシリーズ」として、一見青空なんだけどよーく見ると白い鳥がいっぱい飛んでいたり、草むらをよーく見るとバッタが顔を出したりしていました。

以下、本人の制作ヴィジョンです。

22才まで住んでいた島根へ久々に帰ったとき、
裏山にあたらしい道ができていた。
道を登るとすぐそこに海が見えた。
そんなこと地理的には知っていたけど、
なんだかとても不思議で新鮮だった。

信じられない奇跡みたいなのもいいけど、
日常になんでもない顔をして存在しているちょっとした不思議やズレが気になる。
そこには信じられるたしかなものがあるように感じるからだ。

だけど、あたりまえすぎてものすごく忘れてしまいそうだから、
いつもカメラを持ち歩き、写真に撮っている。

日常でふいに出会う「ちいさなおどろき」を
追体験できるような写真展にしたい。

川瀬もがんばって。また東京で会いましょう。

ニューヨーク滞在日記(その4)

ニューヨーク滞在日記(その1)で書いたように、今回の滞在目的は3つありそのうちの美術館・ギャラリー巡りについては、(その1)〜(その3)で一通り書き終わりました。今回は後の2つ、

  1. 渡米の本来の目的であるSeton Hall 大学での展覧会とそれに伴う行事
  2. 12年前に家族で過ごしたFort Lee や、よく歩いたマンハッタンの場所(イースト・ビレッジなど)への個人的センチメンタル・ジャーニー

のうち1.のグループ展について書いておきたいと思います。

1.Seton Hall 大学での展覧会「Three Aspects of Japanese Contemporary Art」展

「Three Aspects of Japanese Contemporary Art」展(写真①展覧会ポスター)は、文化庁派遣の芸術家在外研修員制度のもと、Seton Hall大学に客員研究員として滞在(滞在年度は異なるが)した、宮山広明、澤田祐一(2人は版画家)と私の3人展です。Seton Hall 大学の図書館のある建物「The Walsh Gallery」で2010年3月15日から4月11日まで開かれました。(写真②)

展覧会ポスター
写真①
展覧会会場
写真②(クリックで拡大します)

この展覧会の開催にあたっては約2年間に渡り、ギャラリーのディレクターであるJeanne とメールで連絡しあい準備してきました。開催まで様々なことがあり時間がかかりましたが、いつも気さくで親切なJeanneと仕事ができたのは楽しいことでした。(写真③Jeanne、澤田と私)

Jeanne、澤田と私
写真③

関連するイベントとして3月25日に3度のギャラリートーク(the meet to authors periods と言っていた。2回はアジア学科の日本語クラスの学生、1回はローレン准教授の版画クラスの学生に)をしました(写真④)。みな非常に熱心に聞いてくれたのですが、その学生の真面目さに私の心配や先入観は吹っ飛んでしまいました。
午後にはローレンの版画の授業に出向いてコラグラフ版画の講義をさせてもらいました(写真⑤)。コラグラフの製版の仕方と一版多色刷りの方法を、私の版画の授業での学生作品を見せながら解説しました。学生や先生がいちいち質問や意見をはさむので、トークしながらの授業という感じで、楽しく気楽にできました。

ギャラリートーク
写真④


コラグラフ版画の講義
写真⑤

この日は盛りだくさんのスケジュールで、17時からはレセプション(写真⑥)。たくさんのよくわからない人達(多くは大学の先生ですが)や学生に来てもらって盛大でした。お礼のスピーチをしたり、副学長から楯もいただきました(写真⑦⑧)。この楯は「Japan Week」としてこの展覧会に協賛してくれたアジア学科のOsuka先生が用意してくれたものです。Osuka先生には12年前からずっとお世話になっています。
また美術学科の学生もたくさん来てくれました。彼らはパーティの食べ物目当てではなく、自分達の勉強のため、私たちの作品について質問をしたり感想を言ってくれたのにはびっくりしました。また後日Petraから彼女のアートヒストリークラスの学生が書いたレポートをもらった時は感激でした。

レセプション
写真⑥


レセプションでのスピーチ
写真⑦
レセプションで楯をいただく
写真⑧

夜はPetraとFen Dow夫妻主催の夕食会。ジャパニーズレストランでお寿司をたらふくご馳走になりました。(写真⑨ ホームスティでもお世話になったPetraとFen Dow夫妻)
素敵な1日でした。なお作品については[Exhibition]に掲載します。

夕食会
写真⑨

美術館ワークショップ(2009/1/17,2/1)

島根県立美術館で「あなただけのオリジナル版画を作ってみよう!」というタイトルのワークショップをしました。
1回目は1月17日、「まつえ市民大学 芸術文化カレッジ 美術コース」の皆さんに開講。
シルクスクリーンのカッティング法で自分のオリジナルマークをTシャツにプリントする講座です。(写真1,2)

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写真1


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写真2

受講生が60人と多かったので午前と午後の2回に分けて行いました。
お年寄りの方が多かったにもかかわらず、楽しくセンスのいいTシャツがたくさんできました。(写真3)

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写真3

この講座を開催するのに、受講生が多く、一人ではとても指導しきれなかったので、美術専攻の学生を10人アシスタントとして各テーブルごとに配置しました。(写真4)

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写真4

その学生も実はシルクスクリーンは全然知らなかったので、まずは学生に教え、彼らがアドバイス、補助ができるようになるまで鍛えなければならず、それがまた一苦労。
去年の11月から4回講習をして、技法を覚え、制作手順を書いた掲示物なども作り、なんとか実戦に間に合いました。
当日学生は実際に自分達のトレードマークをプリントしたTシャツを着て補助員をしました。(写真5)

ws5.jpg
写真5 [恋人募集中!]

大変でしたが10名の学生の働きでWSがとてもうまくいったと思います。
2回目は2月1日。
今度は美術館主催で一般の方を受講生にして行いました。
もう慣れたもので制作の指導、補助もすいすいできました。
その日の打ち上げは楽しかった―。

 
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