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2016年12月29日10:28
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個展 , 展覧会 , 東京 , 現代美術 , 美術館
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かつて清澄白河の倉庫で現代美術ギャラリーとして名をはせていた、小山登美夫ギャラリー、シューゴアーツ、タカ・イシイギャラリーが、今年10月六本木のcomplex665に、再度集合しオープンした。
当時、これらのギャラリーは交通的には不便な清澄白河に、外観からはわからないが、中に入ると広いスペースに大きな作品が並ぶというアメリカ型ギャラリーを作り、狭ぜました銀座型ギャラリーの常識を一転させたものだった。今回六本木に集まったことで、一足早く六本木にオープンしたオオタファインアーツ、ワコウ・アートスペースらや森美術館などとともに、ますます六本木を現代美術のメッカにしている。
今回はそのオープニング展など。
「樫木知子展」オオタファインアーツ 2016.10.21-11.19
虚弱体質系現代具象絵画の系譜かと。こういううすら寒い絵にはついていけない。
「小林正人展」シューゴアーツ 2016.10.21-12.4
入って正面の三角の作品。木枠やキャンバスと格闘しながら作品を文字通り立ち上げる作品は、絵画の可能性を引き出した小林らしい。最近それに馬や少女の像が出てきているけど、あれは何なのか?正直ガックリくるのだけど。他の現代絵画作家でも、例えば赤塚祐二の作品に作り物めいたパースの空間が出てきたり、丸山直文のステイニングに大きな人の顔が出てきたときはショックだったし、もっと前にはジャスパー・ジョンズの作品に壺や魔女の横顔が出てきたときなどとも似ている感じ。
絵画の革新的表現が時代の要請とあまりにもぴったりで完結しすぎていて、そこからの展開が難しくなったときに、このようなある種嘘くさい、マイナーな表現に入り込むことがあるのだろうか。それとも人の期待を裏切ることに密かな快感でもあるのか。
しかし、これでダメになったと即断することはできず、その後も皆それなりの展開をしていることも事実。よいかどうか私には判断できないけど。
「蜷川実花展」「Light of」小山登美夫ギャラリー2016.10.21-12.3
野外フェスなどの花火の光をとらえた作品。光の鮮やかさとその刹那的な熱気や逆にはかなさなども感じさせる。すごく質の高い良い作品だとはわかるのだけど、いつもなぜか心に響いてこない。
「Inaugural Exhibition : MOVED」タカ・イシイギャラリー2106.10.21-11.19
ギャラリーアーティスト22名によるグループ展。以前からちょっと気になっていた絵画の法貴信也の作品が変わってすごくよくなっていた。(上の左側の作品)それからクサナギシンペイ(下の左の作品)
「リアム・ギリック展」”Stardust Expression” TARO NATU ギャラリー(神田馬喰町)2016.10.14-11.12
「岡山芸術交流-Development」のアートディレクターをしていて、また前から気にもなっていたギリックを見に馬喰町へ。LED電球とテキストの展示。ライトの光の残像で空間がおかしく見える。よくわからなったけど、すごく頭がよくて意志が強い人だろうなと思った。
「トランス/リアル-非実態的美術の可能性 Vol.5 伊藤篤宏・角田俊也」ギャラリーαM 2016.10.29-12.3
αMはTARO NATUのすぐ隣の地下にあるのだけど、どこから入るのかよくわからない。表示もないし、ここに画廊があるとは近所の人も知らない(と思う)。以前から独自の骨太企画を続けてきたギャラリーαM。今回の角田俊也も面白かった。「フィールド録音」と名付けたその作品は、ある風景の前に立ち、そこに流れているであろう環境音、または振動を二人のこめかみにつけた聴診器でひろう。それをギャラリーのヘッドフォンでその場の写真とともに聴くのだけど、聞こえてくる振動(こんな音がしているのか)からはあまりにもその場の気配が生々しく伝わってきて鳥肌が立ちそうだった。
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2016年12月28日18:46
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個展 , 展覧会 , 現代美術 , 美術館
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「宇宙と芸術」展 森美術館 ~2016.7.30-2017.1.9
「宇宙といわれてもなぁ~」という感じでずっとパスしていた「宇宙と芸術」展だったけど、先日六本木のCOMPLEX665のギャラリーのかわいいお姉さんに、「宇宙と芸術展って意外と面白いって話ですよ~」と言われて、のこのこと行ってしまった。
レオナルド・ダ・ビンチの天体図の手稿と、ガリレオ・ガリレイの太陽の黒点観察図の手稿の現物がある。それを見たとき、脳みそが一瞬バワァ~ンとワープして、歴史の中の彼らとともにいる感じになって、それが一番印象的な不思議体験だった。まぁそれだけでも行ってよかったかなと。
柳幸典「ワンダリング・ポジション」BankART Studio NYK 2016.10.14-12.25
柳はあの有名な、アリが砂で作った国旗を崩しながら渡っていく「The World Flag Ant Farm」しか見たことがなかった。犬島の銅精錬所のプロジェクトもテレビで見ただけで。
このBankARTの大回顧展はさすがに見ごたえがあった。ここに来るといつもすごいと思ってしまうけど、この容積たっぷりの重い倉庫空間に、柳の数々のプロジェクト作品はそれ以上の重量感で迫ってきた。問題意識の確かさと、それに対応する計画の壮大さ、そしてそれを美術として的確に提示することによって生じるインパクトの大きさ、どれもすごいなぁと思ってしまう。
イカロス・プロジェクトは犬島のコンセプトをBankARTの空間を使って再現している。こういう体験ができるのか。犬島に行ってみたくなった。
「河口龍夫-時間の位置」展 川口市民ギャラリー・アトリア 2016.10.8-11.26
河口龍夫は2009年に東京国立近代美術館で素晴らしい展覧会(「言葉・時間・生命」)があったが、その時に並んでいた代表作の「DARK BOX」(1997年から採集している「闇」の箱)の2016年作成版がここにあった。そう、ここの闇が、もう少し正確に言うと、このギャラリー前の公園の地下30mの地下雨水調整池の[闇]が、今年度のDARK BOXに入れられた。これはここにゆかりのあるものとしては、うれしいことだ。
ただ、これだけではよく知っている河口龍夫で終わってしまうが、次の部屋の、時計が水の上に浮かんでいる「漂う時間の時間」や、船と蓮の実が空間に浮かんでいる「命の蜃気楼」、椅子が空中に並んでいる「椅子の成長」などのインスタレーションは、のびやかでみずみずしい空間性、時間性にあふれるものだった。確か今年76歳。全然脳が硬くなっていない。このしなやかさはどこからくるのだろう。
「迫り出す身体」展 埼玉県立近代美術館 2016.9.17-11.14
[NEW VISION SAITAMA 5] として埼玉にゆかりのある若手作家の企画展の第5弾。久々に身体が震えるほど興奮した。絵画の面白い作品を見るのが久しぶりだったからかもしれない。決して埼玉ローカルではなく、今を呼吸する美術として基軸になりうるものだと思った。絵画もインスタレーションも映像もあるが、どれもが自分の身体を拠りどころにして現前の世界と向き合い、何かを掬いあげ、その感覚の震えを作品にしている、その生々しさが私も震えさせる。
絵画は中園孔二、(写真にはないが)小左誠一郎、高橋大輔の3人。どれも素晴らしい。1990年代の絵画再生時の大袈裟な悲壮感と使命感もなく、その後の小さい小さい物語としての強弱体質的、貧血気味な細々しい絵画でもなく、本当に身体を呼吸している感じ。こういうものが生まれるのはすごいと思う。
二藤健人のインスタレーション「pillow talk」は、吊り下げられている小さな部屋に入り、真っ暗な中、そこに敷いてある布団に入っている大きな爆弾と添い寝をするという作品。爆撃音も聞こえる。これはホントに怖かった。もちろん戦争は経験してないが、本当に部屋を暗くして焼夷弾の投下に怯える気持ちになった。