「廖修平と弟子たち展」台湾展&台湾美術館&観光(2023.9.22-9.29)新着

2023年9月22日から22日までの1週間台湾に行ってました。
台湾は3度目なので、今までに行っていない瑞芳、九份、迪化街などを回った。九份は「千と千尋の-」ばかりが先行している感じだったので、どうかなと思っていたけど、結構エキサイティングで面白かった。九份茶房というところで、ウーロン茶の入れ方を見せてもらった。
霊感など全くない私なのだが、龍山寺は最初に行った時に、なぜかビビっときてしまい、それ以来必ず行くようにしている。(ただちょっと前から線香が禁止になってしまい、もう霊感も働かないかも)
本来の目的は「廖修平と弟子たち展」台湾展のオープニング出席で、こちらは華やかに楽しく行われ、台湾の作家達との親交も深められた。
台北市立美術館は3回目にしてやっと開館時に行くことができた。スケール、空間ともに立派な堂々とした美術館。企画も内容が濃く素晴らしかった。
三階建だが、1階は台湾の名映画監督の楊德昌(Edward Yang)の全貌展示「A One and A Two: Edward Yang Retrospective」。2階は幼くて日本に渡り画家として活躍した何徳来の回顧展-「吾之道」3階は新進気鋭の4作家の映像インスタレーション。
日帰りで台中にも行って来た。お目当ては伊東豊雄設計のオペラハウス「台中国家歌劇院」と国立台湾美術館。
台中国家歌劇院は、どうしたらこんな空間が生まれるのかってくらいウチも外もものすごい。いやー素晴らしかった。
国立台湾美術館も広いスペースにスケールの大きな企画展が開催されていた。「全國美術展」は現代美術の全国コンクール。以前あった毎日現代美術展みたいなもの。台湾美術界を牽引してきた黄才郎の回顧展。新進気鋭の作家数名の映像インスタレーション展。
今回台湾美術を堪能したけど、ちなみに台北市立美術館は全部で30NTD(140円くらい)、国立台湾美術館は全部無料。日本の文化行政の酷さを憂える。

台湾風景
台湾風景
ウーロン茶の入れ方
九份茶房
台湾風景
台湾風景
台湾風景
台湾風景
台湾風景
廖修平と弟子たち展
廖修平と弟子たち展
廖修平と弟子たち展
廖修平と弟子たち展
廖修平と弟子たち展
台北市立美術館
台北市立美術館
台北市立美術館
台北市立美術館
台北市立美術館
台中国家歌劇院

お盆にいくつかの展覧会を回った(2022.8.12-8.15)

今年のお盆は栃木県、那須高原の一棟建てを借りて家族で過ごしました。普段離ればなれになっているので、こういう機会を作って時々子どもたちと会っています。
那須には奈良美智美術館に行き、その後皆と別れて東京でいくつか展覧会を見ました。寺田倉庫は新しい現代美術スポットとして話題だったので行けて良かったです。

「N’s Yard 奈良美智美術館」(那須塩原市)

那須高原の人出と喧噪はすごかったですが、ここに来るとゆっくりと落ち着いた時間が流れてました。大きくはないけれど充実した内容の美術館でした。ただ奈良の作品と奈良がコレクションした作品がランダムに展示されていて、しかも壁にキャプションがないので、よく知らない人は戸惑うかも。奈良の他に、村瀬恭子や名和晃平らの作品がありました。

奈良美智美術館
奈良美智美術館外観
奈良美智
奈良美智
奈良美智
奈良美智

奈良美智
村瀬恭子
村瀬恭子
名和晃平
名和晃平

「YES YOU CAN」展 WHAT MUSEUM (寺田倉庫)  2022.8.6-10.16

WHAT MUSEUM1階では「建築模型展」(2022.4.28-10.16)をやっていて、これも面白かった。写真は藤森照信の「ワニ」。
2階は桶田夫妻のOKETA COLLECTION から「YES YOU CAN アートから見る生きる力」展。加藤紘加、ジャデ・ファドジュティミら若手女性作家の魅力的な作品が多く楽しめた。今年VOCA賞を取った川内理香子も見られて良かった。

What-Museum
WHAT MUSEUM外観
藤森照信「ワニ」
藤森照信「ワニ」
加藤紘加
加藤紘加
ジャデ・ファドジュティミ
ジャデ・ファドジュティミ
川内理香子
川内理香子

「地球がまわる音を聴く」 森美術館 2022.6.29-11.6

ヴォルフガング・ライプ、エレン・アルトフェスト、ギド・ファン・デア・ウェルヴェ、青野文昭、横尾貞治、金沢寿美など、どの作品もキリッと厳しく、またなんとも人間愛に溢れていた。
彼らは皆、美術そのものの問題などすでに考えていないと思えるくらい、超越している。自分が生きるため、また人類が生き残るために何が必要か、人間の生と死への本質的な問い、その問題意識が切実で、ギリギリで厳しくまた優しい。胸に響くすばらしい展覧会だった。

ヴォルフガング・ライプ
ヴォルフガング・ライプ
エレン・アルトフェスト
エレン・アルトフェスト
ギド・ファン・デア・ウェルヴェ
ギド・ファン・デア・ウェルヴェ
青野文昭
青野文昭
横尾貞治
横尾貞治
金沢寿美
金沢寿美

ヨーロッパ2大芸術祭見学ツアーレポート(8/31-9/14)③

ヴェネツィア・ビエンナーレ

今年のヴェネツィア・ビエンナーレのテーマが「 VIVA ARTE VIVA」で、今時こんなノー天気なこと言っていいのかと思ったけど、体験してみて圧倒的に楽しかった。もちろん重いテーマも随所にあるけど、それも含めて人生の様々な様相が、美術によって彩られてもいいのではないかと思える展示だった。
ジャルディーノでは、日本館の岩崎貴弘も結構賑わっていて良かった。繊細な手仕事だけど、工芸的に閉じていないので、爽やかな印象を与える。
チョー人気のドイツ館は長蛇の列で、とても並ぶ気がせず、宙に浮かぶ人間のパフォーマンスを、外からガラス越しに見た。
他、イギリス、アメリカ、ロシア、イタリア、ラトビア、イスラエル、オーストリアなどの展示が面白かった。
アルセナーレでは、ともかく会場となっている造船所跡施設が、余りにも広く重く高く迫力満点な為、作品は否が応でもその空間との対峙を迫られる。(横浜bankARTの空間が凄いと思っていたけど、あの100倍位大きい)
エルネスト・ネトやガブリエル・オロスコなどはさすがに空間との対話が上手い。日本からはTHE PLAYと田中功起、島袋道浩が出品していた(菅木志雄は海の中だったので見逃した)。島袋も田中も日常の些細なことを、美術的な手法によって拾い上げ、ユーモアと優しさを持って人間の在るべき姿を語りかける、素晴らしい作家だ。だがこの巨大な空間の中では、よぉ〜く見ないとその良さが伝わらないのが残念だった。
かと言ってただ大きいだけでは底が割れてしまう。そんな作品も多かったように思う。その点、エディス・デイントのような思索に富む作品は会場がどこでもその良さを伝える力がある。
歩き疲れはしたが、総じて楽しくて素晴らしい体験だった。

ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ
ヴェネツィア・ビエンナーレ

ヨーロッパ2大芸術祭見学ツアーレポート(8/31-9/14)②

2019.9.6

カッセルから電車でミュンヘンまで南下しました。そして今日はそこから日帰りでザルツブルクに行って来ました。
朝、駅で往復切符を買う。海外旅行者用の割引チケットにすれば、超超安いです!往復で12ユーロくらい。

高校生の頃、勉強もソコソコに、夜な夜なクラシック音楽を聞いていました。ごく一般的な愛好家の域を出ていないので、有名な作曲家の曲しか知りませんが、一番好きな作曲家は何と言ってもモーツァルトでした。
軽妙で屈託がなく、計画や熟慮というような痕跡なく、まるで天から降りて来たように調べが溢れるモーツアルトの音楽。モーツァルトは音楽を作るのではなく音楽と一体化している。それが作る側も聞く側も至福の時をもたらすと思っています。

ザルツブルクと言えばモーツァルト。そのモーツァルトの生家と育った家に行けた格別な旅でした。
(旧市街、大聖堂前でシュテファン・バルケンホール、ザルツブルク市立美術館でウィリアム・ケントリッジに遭遇)

ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク
ザルツブルク

室生寺(2017.7.10)

確か中学か高校の国語の教科書に「室生寺」についての文章が載っていた気がする。今回の奈良出張のついでに室生寺まで足を延ばしてみようと思ったのはその記憶があったからかもしれない。それにやたら外国人観光客が多く、その集団が無遠慮に歩き回っているような感じのする奈良公園付近より、静かなお寺のほうが一人旅の一日を過ごすには気分にあっているとも思ったのだ。しかし、シャクナゲや紅葉の季節でもなく、蒸し暑いだけのこの時期にこの山奥まで訪れる人は少なく、室生寺前でバスを降りたのは私一人きりだった。

室生寺
室生寺

室生寺の仁王門を抜けると、深々とした新緑の林に目を奪われる。弥勒堂から金堂を回り、十一面観音や釈迦如来像を見る。奈良には国宝はいくらでもあるのだ。何本もの杉の大木に覆われた本堂まで来ると、さすがにこのあたりの空気は清廉で汗も引き、やはりこちらを選んでよかったと思った。それにしても、あの文章は随想だったかそれとも説明文であったか…全然覚えていない。

室生寺
室生寺
室生寺

そこから奥に回ると小さな五重塔があった。それが目に入った瞬間、ああ私はこの五重塔を見るためにここに来たのだと思った。教科書に載っていたであろうこの塔の写真を中学だか高校の頃の私はきっと見たはずである。それは本当にかわいらしくて、男どもがよくやる保身のための威圧感など微塵もなく、「女人高野」の名にふさわしい優しさをたたえていた。

室生寺

室生寺からなお山道を登ったところに、現代美術作品で構成された公園があるというので行ってみることにした。なんと78ヘクタールもの山肌を削って、そのすべてのスペースにイスラエル出身の世界的現代芸術家、ダニ・カラヴァンの環境作品を設置しているというのだ。私がガイドブックの端にその小さな紹介を見たときは嘘かと思った。またはよくある誇大広告で「見てがっかりパターン」版かもしれない。乃木坂46がコンサートでもしなければ人は集まらないかもしれないくらいの山奥だ。現代美術を設置してもだれも見に来ないだろう。そんな気を起こすのは私のような酔狂な人間かダニ・カラヴァンの研究者くらいだ。それにしてもおかしい。いくら道を登ってもそんなものありそうな感じがまるでしない。何度も道に迷い汗が目に入った。
カラヴァン本人もこんな山奥のプロジェクトによく乗り気になったなといぶかしく思ったが、ネットを見るとなんとカラヴァンはこのプロジェクトのために、16回もイスラエルから来日している。彼は室生寺と周辺の深い森や里山の佇まいにインスパイアされ、この地の光、水、風、土らと一体化する空間を構成する作品を構想したようだ。

室生山上公園・芸術の森
室生山上公園・芸術の森

ガイドブックには20分と書かれていたが、それどころでなく、どれくらいかよく覚えてないくらいの時間をかけて登ると、生い茂った木々の先にパッと視界が開け、そこになだらかな起伏のある緑の台地が広がった。「そこ」はやっぱりあった。それだけでなく、私の予想を大きく覆す素晴らしい空間だった。驚くほどの広大な土地に、カラヴァン特有の螺旋形の水路や半円形の階段、それを覆う笹、池の中央にピラミッド型や螺旋型の塔の島などが点在している。それらの象徴的な形は水路でつながり水が循環している。そしてその中央を太陽が横切る「太陽の道」が横切っている。カラヴァンの造形は一見幾何学的、工学的だが、それは自然と一体になり、天文学的な宇宙の営みとの関係を表現している。またそれは原始的とも言える信仰を感じさせ、この地の精霊とも交感しているように思えた。

室生山上公園・芸術の森
室生山上公園・芸術の森

カラヴァンの作品は写真や模型でしか見たことがなく、実際に見てあまりの楽しさに、他に誰ひとりいないこの空間で一人小躍りしていた。私は疲れを忘れこの不思議で優しい空間を歩き回った。と、その時遠くから雷鳴が聞こえた。急に空が暗くなり池の水が浪打ち作品を覆っている笹が揺れた。やはりこの蒸し暑さでついに天気が崩れたか。今まで晴れていたほうがおかしかったのだ。雷鳴が次第に大きくなり、稲妻との間隔がなくなってきた。危険だなと思ったその瞬間、大きな音とともにものすごい光の束が近くに落ちてきた。どうやらカラヴァンのピラミッド型のモニュメントの頂点を直撃したようだ。私は突然のことにしばらく目を背けていたが、雷が落ちたらしいモニュメントに目を向けると、その光はコールテン鋼の物体に吸収されず、それを明るく輝かせ、そしてその一部が反射してまた一筋の光となって天に登って行くのが見えた。それは薄い光線だったが、とても美しくまるでカラヴァンのピラミッドの塔には初めからその光の筋があったように思えた。私はその美しい姿になんの思考も働くなり、ただ見入っていた。それはしばらくして消えたが、その間実は私の体が何となく光のほうに引っ張られるような感覚があったのだ。あれは気のせいだったろうか。

室生山上公園・芸術の森
室生山上公園・芸術の森
室生山上公園・芸術の森

雨宿りの後、私は山を下りた。帰りは驚くほど速く麓のバス停に着いた。そこでバスを待つ間一息つきながらふと思った。教科書には最初から「室生寺」の文章などなかったのではないか。それからあの天に向かう光線も…今では本当にあったかどうか疑わしかった。

(すみません。道中ずっと「騎士団長殺し」を読んでいたものですから。ダニ・カラヴァンの公園はもちろん普通にあります。「室生山上公園 芸術の森」
http://www.city.uda.nara.jp/sanzyoukouen/about/index.html です。)

大阪・京都・長野 美術紀行(2017.5.1-5.7)

ここ数年GWは長野方面にドライブに行っています。今年も1週間で約2000キロ走ってきました。
途中大阪でまず休憩。国立国際美術館の①ライアン・ガンダー。京都に回って西本願寺と東寺。長野では3日間を小布施や佐久、善光寺と八ヶ岳まで足を延ばして②キース・へリング美術館に。
帰りは大津の歴史博物館で③「2019CAF.Nびわこ」展のレセプションに参加させていただき、翌日、④大山崎山荘によって帰ってきました。

ライアン・ガンダー
ライアン・ガンダー
ライアン・ガンダー

①ライアン・ガンダーは最近ビエンナーレなどでよく見かけます。コンセプチュアルアートの旗手ですが、彼の作品もコンセプチュアルであることの宿命として、ただ見るだけでは(いわゆる感覚を通してでは)理解に至らなく、何かの概念と結びつくことで初めて意味ある世界像が脳みそに広がるので、なかなか難しいです。例えば、鏡面に絵具が置かれていて、一見抽象絵画に見える作品がずらっと並んでいる作品がありました。どう贔屓目に見ても抽象絵画としたら出来がいいとは思えませんが、これがそれぞれの制作者が色を混ぜたパレットだと知った瞬間、まだ見ぬ(見えぬ)膨大な数の作品が頭の中でボワッと渦を巻くように浮かんできました。それはそれは豊饒なイメージの経験でした。

西本願寺
西本願寺
東寺
長野
長野
善光寺
食事

②八ヶ岳の優雅な避暑地に「中村キース・へリング美術館」があって、私は星野リゾナーレではなくそこを目指しました(本当です)。いやぁ素晴らしかった。こんなところにこんな素敵な美術館があったとは。建築と作品が一体となって私たちを楽しませてくれます。多彩な空間と直描きの作品が呼応して、そこを歩いて進む間ワクワクが止まりません。おなじみのアイコンに会えるのも楽しいですが、エイズを診断された後制作された、詩人ウィリアム・S・バロウズとの共作「アポカリプス(黙示録)」は線が震え表現主義的な作品になっています。また、死を宣告された時の作品「無題(トライアングル)1988年8月15日」には地の底から何かが襲ってくるような不気味さがあります。今まで知っていたのとは全く違うキース・へリングを見ました。

中村キース・へリング美術館
中村キース・へリング美術館
中村キース・へリング美術館

③「2019CAF.Nびわこ」展は私も参加しています。主に関西圏の作家が一人ひとり自分の打ち立てた世界を地道にしかも確実に表現していて、美術の芸術的意義に誠実な向き合える展覧会だと思います。

「2019CAF.Nびわこ」展
「2019CAF.Nびわこ」展
「2019CAF.Nびわこ」展

④いつも名神を走っていて、いつか行ってみたいと思っていたのが大山崎山荘です。今回「漱石と京都」という企画展示でしたが、生誕150年を記念してか最近いくつか漱石関連のテレビドラマを見ていたので興味深かったです。手紙で見た直筆でのいかにも神経質で頑固そうな字は面白かった。
加賀という実業家が設計したこの山荘へのこだわりには、もともとあまり興味がなかった私も最後はすごいと感服しました。

大山崎山荘

最近安藤忠雄を悪く言う人が多くなったような気がするのだけど(気がするだけですが)、やっぱいいんじゃないかなと私は思う。いろいろ批判はあっても批判されるだけの大きな内容を備えているので、基本私は尊敬しています。

安藤忠雄

庭園。バリー・フラナガンは結構あちこちで見ます。

バリー・フラナガン

最近のあれこれ

セゾン現代美術館
セゾン現代美術館

○軽井沢セゾン現代美術館(5月5日)

久しぶりに長野の義理の実家に帰ったついでに、軽井沢まで足を延ばしてみた。
連休中ということでどうかなぁと思っていたが、予想以上の混雑。小諸で高速を降りてすぐ動かなくなってしまった。予定していた旧軽まではとても辿り着けず、妻と娘の要望で仕方なく昨年開館の「千住博美術館」へ。千住博は直島の「家プロジェクト」や羽田空港などで結構見てはいるが、実は大嫌いで、どうってことない旧套的な作品があれだけもてはやされているのがホント困ったものだと思っていた。しかしながらこの美術館の設計がSANAAの西島立衛ということから一度は見てみたいなぁと、複雑な心境。入り口のところで中を覗く。断固入らない。多くのガラスと、丸くくり抜いた天井を用いた解放的な空間は、さすが西沢らしかった。それから付設のベーカリーカフェ、「ブランジェ浅野屋」へ。ここのパンは有名なので寄らなくては。確かにおいしかった。
実は軽井沢に行くということで密かに考えていたことがあった。それは中軽のセゾン現代美術館に行くこと。同乗者の反対を押し切って、渋滞を避け、わき道をくねくねと廻りながらセゾン現代美術館に到着。セゾン現代美術館へは確かイリヤ・カバコフらが出品していた、1991年の「境界線の美術」展以来22年ぶり。
姉妹館の西武セゾン美術館(池袋西武デパート内)とともに私の青春期と美術への傾倒に少なからず影響を与えてくれたこの美術館、特に私が修論で扱ったジャスパー・ジョーンズやアンディ・ウォーホルなどのポップ・アートの収蔵が充実していたこの美術館がものすごく懐かしくて、入り口の若林奮(写真1)の作品のある小路を歩いている時などわくわくドキドキ。

軽井沢セゾン現代美術館
(写真1)

企画展は「千紫万紅」展。セゾン現代美術館収蔵(プラス旧西武セゾン美術館収蔵)の現代美術と、鎌倉や江戸など様々な時代の曼荼羅、陶磁器などとを組み合わせた展示になっていた。しばらくはよく知っている近・現代美術作品を懐かしみながら楽しんでいたが、次第に物足りなくなっていった。それらの作品は思い出に浸るにはいいけれど、それだけで新しい刺激がないのである。展示で新しいところといえば日本の現代美術家の中村一美、堂本右美、石川順恵などで、彼らも1990年代くらいにずいぶん見ている。それ以降の新しい収蔵がない。最初のわくわくはどこへやら、見終った時にはかなりのがっかり感に支配されていた。これが西武の現状なのか、やっぱりな。私たちの知っている70年、80年代の西武はこんなんじゃなかった。
私と同年輩の方ならよくご存知だろうが、70,80年代の西武セゾン美術館・セゾン現代美術館は、今までの百貨店の宣伝と販売(利益)目的としての展覧会とは全く異なった、文化の発信基地としての機能を有したものだった。それはセゾングループ総帥の堤清二の意向を受けたものであり、またその活動はその後バブルの頃に流行したメセナの先駆けでもあった。現代美術の展示、紹介に特化したその戦略は、人々の西武に対する認識を一新させ、百貨店の文化運動の価値を飛躍的に高めた。しかしバブル崩壊後の経済悪化にはやはり耐えられず、西武は方針を転換せざるを得なかった。西武セゾン美術館は閉鎖され、現代美術館もこの状態ということであった。今の西武が乗っ取り騒動で揺れているのがなんとも象徴的だが、ここでこの現状を見て確かになと、変に納得してしまった。
久々の軽井沢は懐かしさとともにほろ苦い一日だった。

○滋賀県立近代美術館(6月16日)

〔exhibition〕で紹介しているように、6月に大津でのCAF.N展に参加したが、その間を縫って滋賀県立近代美術館に行って来た(写真2)。天気も良く中庭の緑(とカルダー作品)がまぶしい美術館だった(写真3)。

滋賀県立近代美術館
(写真2)
中庭の緑とカルダー作品
(写真3)

旅行や学会等で地方に行くと、できるだけそこの美術館を訪れるようにしている。これまでも三重県立美術館、熊本現代美術館、石川県立美術館、静岡県立美術館、愛媛県立美術館、福岡市立美術館、兵庫県立近代美術館、愛知県美術館、埼玉県立近代美術館、群馬県立近代美術館、栃木県立近代美術館などなど訪ねてきたが(しかしどうして近代と名が付く美術館がこう多いのか)、どの美術館も特徴と趣があり楽しめる。これは私の勉強というよりも趣味となっている。
私が地方の美術館に行って楽しんでいるのは企画展よりも常設展だ。つまりこの美術館はどのような作品を収蔵しているかに興味がある。地方の公立美術館ではだいたいどこもが近代日本画、郷土ゆかりの美術、外国の近・現代美術を幅広くという感じで集めているが、その中でも収集方針に特徴があるし、この作家はここの出身かとか、以前図版等で見たあの作品はここにあったのかという感じで対面した時にはとてもうれしくなってしまう。
滋賀県立美術館は、私の記憶では、60年代以降のアメリカ現代美術の収集に定評があるということだ。マーク・ロスコ、モーリス・ルイス、クリフォード・スティル、ケネス・ノーランド、バーネット・ニューマンらのカラーフィールドペインティングや、ジャスパー・ジョーンズ、アンディ・ウォーホル、ロイ・リキテンシュタイン、クレス・オルデンバーグ、ジェームズ・ローゼンクイスト、トム・ウェッセルマンらのポップ・アート、またフランク・ステラ、アンソニー・カロ、アド・ラインハート、カール・アンドレ、ソル・ルイット、ドナルド・ジャッド、リチャード・セラらのミニマルアートなど、この時期の美術をこれだけ網羅しているのは珍しい。
残念ながらこれらの作品の多くは国立国際美術館で開催中の「美の饗宴 −関西コレクションズ−」展に貸出しされていて見ることは出来なかった。ロスコとモーリス・ルイスの大きい作品見たかったなぁ。
それでもこう旅行がてらのんびり美術館をぶらぶらするのは楽しい。梅雨の晴れ間のぶらり美術館散歩だった。

○太田治子著「明るい方へ −父・太宰治と母・太田静子−」

太田治子著「明るい方へ」
「明るい方へ」

今回のCAF.Nびわこ展でのイベントの一つが、作家でエッセイストの太田治子氏の講演会だった。内容は現在執筆中の浅井忠と二葉亭四迷の為人(ひととなり)等の雑談に近いトークだったが、その中でも父・太宰治のことがちらちらと出てきた。多くは太宰に対して批判的な内容で、太宰に影響を受けた一人として興味深く思い、講演会の後、太田氏の著書「明るい方へ −父・太宰治と母・太田静子−」をサインをしてもらって購入。
この本は太田静子と太宰治との間に交わされた手紙や母の日記の分析を通して、二人の出会いから別れまでを丹念に記録したものだが、読んでみて驚いた。太宰と太田治子の母・静子との間にこんなことがあったとは。
太宰の愛人と呼ばれている太田静子は、女学生時代にファンである太宰に会いに行ってから3年間は手紙のやり取りだけで会っていない。しかも会ったのは合計しても十数日にしかならない。しかもしかも太宰が静子と付き合ったのは、太宰が静子に書くように勧めた日記が目当てだった。太宰はその日記をもとにあの「斜陽」を書いただけでなく、その文章のかなりの部分は静子の日記に書かれているままだった等々。
かなりショッキングな内容なのだが、太田の文章は母や太宰に対して冷静な目と優しい愛情を絶妙な割合でブレンドしていて、程よい距離感で書かれ実にすがすがしい一冊となっている。
太宰のことを「性格が八方美人的で、戦争へも、迎合するような文章を書いている」「孤独に耐えられない作家」「何かに巻き付いてものを書く作家」「極度の自己中心性」と、男としての狡さなども容赦なく見据えながら、しかしその最後は母を「捨てた」父・太宰を受容する心境に辿り着く。
また—-こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます—-といった母(「斜陽」のこの有名な最後の文章は静子の日記に書かれているままである)に対しては全身からの愛しさを込めて書いている。
父・太宰とは一度も会うことがなく、また生まれる前にその父の小説のモデルになった人生とは作者しかわからない感覚だろうし、著者が父母二人のことを書くことはまさしく自分自身の人生を見つめることだったであろう。
最後にそんなずるがしこい太宰の弁護をするならば、太宰治にとっては人生=作品であった。作家であろうと苦しんでいたことはよくわかると同時に、そのことに真剣になるあまり、女性に対してずるいおとこになっちゃたのかなぁという印象・・・・・・やっぱりそれでもダメなものはダメか。

地方美術館めぐり(4月30日〜5月12日)

春の飯綱高原
春の飯綱高原(長野県)

ゴールデンウイークに、帰省や出張仕事のついでに巡ったいくつか地方の美術館についてレポートします。

■須坂版画美術館・平塚運一版画美術館

須坂版画美術館・平塚運一版画美術館
須坂版画美術館・平塚運一版画美術館

長野県北部、須坂市に珍しい版画専門の美術館があります。
この須坂版画美術館には地元の版画家である小林朝治作品と、毎年逐次購入している若手作家の新収蔵作品、それと島根県松江市出身の版画家平塚運一の作品が展示されています。
平塚運一の作品はこの美術館内の特に設けられた分館的なスペースに常時展示されていて、須坂版画美術館は別名平塚運一美術館とも呼ばれます。
平塚運一の作品がこの地で展示されているのは、前述の小林朝治らとの交流で何回か須坂を訪れたためと書かれていますが、特に親密な関係であったとは思えずちょっと不思議な感じがします。
松江から遠く離れた須坂市に平塚運一の名を冠した美術館があることを、松江の、島根の人たちのどれほどが知っているか。おそらくほんの一握りだと思います。島根県立美術館にも平塚運一の収蔵作品はありますが、両美術館が交流したとか、松江市と須坂市が平塚運一作品を介して交流を図ったとか聞いたことがありません。
私にとっては現在の居住地出身の作家の作品を、私の妻の故郷である地で見るのは何か感慨深いものがありますが。
今回は運一が67歳で渡米してから33年間のアメリカでの作品を特集して展示してありました(運一は99歳で松江に帰って1997年102歳で他界しています)。いつもの(と言うのはアメリカに渡っても作風は変わらず)運一らしい朴訥とした彫り跡の素朴な味わいは、どこで見てものんびりホッとします。
http://www.culture-suzaka.or.jp/hanga/info.html

■ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)

ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)
ヤオコー川越美術館(三栖右嗣記念館)

昨年12月、埼玉県川越市にヤオコー川越美術館が、故三栖右嗣の作品を展示する美術館としてオープンしました。
5月4日、友人の誘いで川越観光中にこの美術館に立ち寄りました。三栖右嗣は1976年「老いる」で第19回安井賞を受賞以来、超具象の人気作家として活躍が良く知られています。
ヤオコーの創設者が個人的にファンだったそうですが、このような個人美術館ができるのもわからなくはありません。
しかも設計が伊藤豊雄であり、外観は上の写真のように華やかさはない小さな美術館ですが、こじんまりしたその飾らなさの中にも、柱や照明などにしゃれた面白さが感じられる、心地よいスペースです。また実は外観は単純な方形に見えますが、地面部分には水が張られていて、そこに丸みのある水面ラインが現れる仕掛けになっています。
私は三栖右嗣はじめ最近人気の超写実絵画作家は基本的に好きではありません。写実作品はそこに描かれているものだけがすべてで、それがなぜそう見えるかは問いません。そう見えるからそう描くのだと。私は絵画作品にはそこに描かれていない何かが鑑賞者を惹きつけるものだと思っています。つまり作品そのものではなく作品を媒体として作家と鑑賞者の関係で世界が築かれるものだと。そうした開かれ方が現代の絵画には必要なのだと思っています。また技術は何をするのでも必要ではありますが、絵画としての描写力はそれが絶対ではないと思っています。ダダの洗礼をまともに受けた私は、描写力を批判的に考えない作品にはどうも違和感を覚えてしまいます。
ただその写実作家の中でも三栖右嗣は、グラッシュ等のいやらしげな古典手法を使わず、ぺたぺたと油絵具を気持ちよく塗りつけ、またかなりの省略をすることも多く、絵になりそうもないようなものを好んで描くなどの点は気に入ってはいますが。
http://www.yaoko-net.com/museum/

■筑波大学芸術系収蔵作品展(筑波大学研究棟ギャラリー)

筑波大学芸術系収蔵作品展
作品展示風景

番外編です。
私の大学時代の恩師、山本文彦先生が、日本芸術院会員に就任したことを祝賀する会が、連休中に筑波大学で催され出席してきました。
私は山本先生の大学院での指導学生第1号だったので、祝賀会ではスピーチまでさせていただきました。
祝賀会に合わせて山本先生の個展が大学会館内のギャラリーで催されていましたが、他にもいくつか関連事業があって、私たち卒業生が大学に寄贈し、筑波大学の収蔵となっている作品も展示されていました。写真が筑波大学研究棟ギャラリーでの展示の様子です。手前が私の1994年の作品です。懐かしい作品に対面しました。隣が、前々回のtopicsで紹介した野沢二郎、その隣は井草裕明、その隣は加藤修の作品。

■松本市美術館

松本市付近から望む北アルプス
松本市付近から望む北アルプス

5月5日、長野からの帰りがけに松本市美術館に寄りました。

松本市美術館
松本市美術館

松本と言えば草間彌生の生誕地。美術館でも庭の大きな野外作品(写真①)、入口受付付近の「かぼちゃ」(写真②)をはじめ自動販売機(写真③)まで草間彌生一色でした。また展示では草間彌生「魂のおきどころ」と題して、初期の絵画からいくつかの小さめなインスタレーションまで、かなりのスペースを取って常設展示をしていました。

草間彌生の野外作品
写真①
草間彌生の作品「かぼちゃ」
写真②

世界的に活躍している草間は郷土の誇りであると思いますが、認知されたのはつい最近のことのようです。60年代のパフォーマンスなどは、当時はかなりセンセーショナルなもので、郷里の人からは逆に煙たがれる存在だったようです。草間の世界的な人気が松本に逆輸入されて、後から認められたということになるのだと思います。

自動販売機
写真③

他には郷土出身の作家−冬山を描く田村一男、書道界で教育面でも功績のあった上条信山、彫刻家の細川宗英など−の作品がそれぞれ部屋を区切って個展形式で紹介されていました。
設計は宮本忠長という、くしくも長野県須坂市出身の建築家によるものですが、近代建築でありながら、明るく伸びやかな空間が非常に居心地の良いスペースになっていました。
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/artmuse/index.html

■小さな夢美術館「山中現」木版画展

ギャラリートークをする山中現氏
ギャラリートークをする山中現氏

鳥取県米子市の錦海団地の一角に個人のお宅を改造した美術館、「小さな夢美術館」があります。そこお住まいだった岩田さんという方が公務員をしているかたわら、10年前から収集した版画作品や、ご本人が企画した版画展を開く私設美術館です。五年前に御主人が他界なされ、その遺志をついで奥さまががんばって続けていらっしゃいます。
現在(5/12-6/30)木版画で人気の高い山中現の個展「心のかたち」展を開催しています。
5月12日は本人のギャラリートークがありましたが、ちょうどその日が私のやっている山陰中央新報文化センター版画教室の開講日にあたっていて、その日の講座は山中現展の鑑賞とギャラリートークを聞く会になりました。
ご承知のように山中現は木版などの版画作品が全国のギャラリーや版画雑誌などいたるところで見られる、超売れっ子の作家です。しかしご本人はまったく芸術家然としておらず、ごくごく普通の感じで話が始まりました。
木版画を選んだ理由、白黒の作品からカラー作品になった経緯や技法、版数など質問を交えながら淡々としかもユーモアを交えてお話ししていただきました。
面白かったのは氏が絵具や版紙にあまりこだわりを持っていないこと。絵具は最初に使ったのがホルベインのガッシュだったのでずっとそのままとか、紙は奥秩父で市販している安いものだとか。
私たちは版画家というとついマニヤックな趣味やこだわりがあるのだろうと考えがちですが、氏はそのようなこだわりがないことこそが、あの独特の緩さと緊張感との絶妙にバランスのとれた、とても安らげる作品の秘訣なのだと思います。
とは言っても、実はよーく見ないとわからないようなところで非常なこだわりをもっていて、彫刻刀で切り取った角をサンドペーパーで削ってにじみを出したり、微妙にずらして同じ色と形を重ねたり。これもまたことさら声高に言ってはいないですが、プロだからこそやって当然のことです。
そのような作家の精神をとても面白く感じました。
http://yumebi.blog133.fc2.com/

高嶺格「遠くてよくみえない」展(広島市現代美術館)2011.6.19

ヘンリームーア作《アーチ》
[ヘンリームーア作《アーチ》から広島市現代美術館を望む]

6月19日、広島市現代美術館に行って来ました。

この日は例の高速道路休日1,000円の最終日(なぜ終わってしまうのか言うまでもないけど、こんなくるくる変わる政策でひどい目にあった人が大勢いますよね)で、最後にドライブを楽しんでおこうということと、今広島市現代美術館で「高嶺格(ただす)」の「遠くてよくみえない」とタイトルされた企画展をやっていたからです。

この展覧会は3月には横浜美術館で開かれていて、それが巡回したものです。
以前のtopicsに書きましたが、3月の震災時には東京にいて、実はこの展覧会を見る予定でした。震災で横浜もかなりの打撃を受け、その後しばらく横浜美術館が休館になり、楽しみにしていたこの企画展も見られなくなりました。

あの震災からもうすぐ4カ月になりますが、この間の政府等の対応のひどさにはうんざりしました。
こういう非常事態の時、リーダーがどれだけの政治的手腕と統率力、人間性、誠実さなど、それこそリーダーシップを発揮させなくてはならないかを痛切に感じるとともに、そういう人物がいない日本は不幸だと思います。

また原発のこと書いていたら「高嶺格展」に入れないけど、チョットだけ。

まず、原発事故発生時の東電、保安院、政府の対応。
3月15日までに77万テラベクレル(数字にすると770,000,000,000,000,000?何しろ「京」と言う単位です。)もの放射能が放出され、実は3機ともメルトダウンしていたこと。それを、どれだけ意図的かはわかりませんが、低く見積もり、また発表を遅らせている感じがありありと。特に、事故直後に、本当は「SPEEDI」で放射能の拡散予想が出ていたにも関わらず、情報を流さず避難もさせなかったこと。これは本当に罪が重いです。今になってもずるずると避難対象地域が広がっています。

言いたいことはたくさんありますが、あとは、私が気になっている言葉、発言を3つだけ書いておきます。
①「さしあたって人体に影響はない」
何度も繰り返されるこの言葉。数年後のことについては知りませんよ・・・。放射能の影響が後になって出ること、それが明確な根拠を持った数値がないことをいいことに責任逃れをしていると思われても仕方がありません。

②「安心のために放射線量を測定しています」
ホットスポット等の情報があるにも関わらず、なかなか政府、自治体が動かず、地元の母親などの自主的な動きから世論が盛り上がるとやっと重い腰をあげるいつものお役所仕事。しかも市の職員などが、放射能の計測をするときに必ず「安心するために」と言っている。測ってみなければ安心できるかどうか分からないのに。「安心」と「安全」は違います。その言葉には、どんな値が出ても「大丈夫です」というつもりであること、これ以上つべこべ言うなと言いたいことなどがうかがえます。
何も言わなければ何もしてくれない。いつの時代でも政府・お役所は国民・市民のためにはたいして動いてくれない。自分でやらないと・・・。

③「風評被害」
「風評」とは根も葉もないうわさのことです。本当に風評で被害に遭っている方も大勢いますが、現に放射能が測定され影響が心配されているものまで、値が小さいからといって「風評」とは言わないと思います。
とにかく汚染スポットをキチンと把握し、情報を流すこと。除染の仕方について周知するべきだと思います。いろいろな方法で少しでも放射能から身を守ることを考えないと。

広島市現代美術館
広島市現代美術館

それでは「高嶺格」展です。
私は以前から高嶺格はすごく好きなアーティストの一人でした。
いままでに2度ほど作品を見ています。

最初は2002年、東京国立近代美術館の「連続と侵犯」展。
《God Bless America》という題名のビデオ作品でした。高嶺本人と奥さん(多分)の2人で2トンものクレイ粘土を、全身を使って大きな顔などの形に次々と成形していきます。18日間に渡って作っては壊し作っては壊しするのをずっと撮ったビデオです。8分くらいに縮めてあるので、ともかくパタパタ動きます。編集でクレイ・アニメーションのようにもしています。2人はソファで食事をし、友達と飲み、夜は寝ます。よーく見るとセックスもしています。
クレイの猿のような大きな顔が「God Bless America」を歌いますが、それはブッシュだとか。「9.11」を批判しているということですが、そんな批判精神などは感じませんでした。なんだかよくわからないけれどともかくおもしろい。生の生活と作品とが一緒くたになっていて、なんともばかばかしいのですが、見ていてその精神にほのぼのとした共感が広がります

次は2005年、横浜トリエンナーレの《鹿児島エスペラント》
広い真っ暗な部屋に入り2階のテラスに登ります。真っ暗な中でスポットの光が部屋にあるクレイでできた人型や様々なガラクタを動きながら照らし出すのを、そのテラスから見る大規模なインスタレーションでした。そのクレイには鹿児島弁とエスペラント語で書かれた言説(何について書かれていたかは不明)が書かれていて、それも浮かび上がります。光はアリアのような情感あふれる歌とともに動き、その歌が終わると1回分が終わりです。なぜかこの眼前に繰り広げられる音と光のパフォーマンスに引き込まれるのです。見いってしまって離れられない。大勢並んで待っているので、一旦出てまた並びます。なんと何度もそれを繰り返してしまいました。涙が出るばかりの何ともいわれぬ感動が私を襲いました。

この2つの作品は、なぜかは未だにわからないのですが、私に強烈な感動を与えました。その秘密を解きたくて広島まで来たわけです。
結果はなんだか肩すかしをくらったようでした。
《God Bless America》は私が見た大型画面とは違い、19個の家庭用の古いテレビモニターで映されていました。ナム・ジュン・パイクのよう。なんだかそれがさえない印象でした。
《鹿児島エスペラント》はなく、同じ形式の《A Big Blow-job》という作品がありました。クレイに書かれている「共有感覚とはなにか?」についてのテキストやがらくたを、スポットライトが照らし出します。しかしこの作品もあまりピンときませんでした。音楽が軽いさわやかなものでこれにもなんだか拍子抜けしました。

以前、私が高嶺作品から受けたあの衝撃はなんだったのだろう????

1980年代ポストもの派の論客、彦坂尚嘉氏は自身のブログの中で、高嶺格についていくつかの引用をもとに、
「不条理に対する抵抗が、実は、《解放への希求》であるというところが、高嶺格の人気の秘密である」
とし、さらに
「高嶺格は《解放への希求》に取り憑かれているが故に、作品そのものは《8流》でしかなくて、このクレイ・アニメーション(《God Bless America》)は、作品としては成功していないように見えます」
「つまり馬鹿で間抜けなアーティストである高嶺格が、芸術作品という枠組みの外に出てしまった、事実の面白さが、高嶺格の作品の魅力であるように見えます。
その作るものは正確には作品ではなくて、作品にはなり得ていない事実品なのです。
その面白さが、現在の観客の趣味と一致するのです。」
とかなり手厳しく書いています。
http://hikosaka.blog.so-net.ne.jp/2008-09-06

芸術としての厳密な解釈については反論する自信はないですが、芸術の外に出ようとする高嶺の心持ちのようなものには共感するところがあるし、それはかなり刺激的で、そこまでのばかばかしさを通して、人としてずしんとくる何かを持っているとは思うのですが。
その点で面白かったのは《ベイビー・インサドン》という作品があって、それは在日韓国人の奥さんとの結婚式までの葛藤を写真、ビデオとテキストで綴った作品なのですが、パンフに「プライベートな体験を元にしながら、国、人種、性別など自と他を分けるものとは何か、その壁を乗り越え理解に向かうこととは何かを問いかけます。」とあるように、在日の奥さんとの関係をもとにそうした問題に対する高嶺の真摯な態度が写真とテキストで綴られていて胸を打ちます。人間としてすばらしい感覚をしているし、信頼に足る人だということがわかります。けれども作品を見ていて興奮しない・・・・。

この作品は「不条理に対する抵抗」を、そのまま高嶺本人が呑み込んでしまって、律儀にもある種きちんとした回答まで行きついてしまったがために、《解放への希求》感覚を鑑賞者にもたらさないため???でしょうか。
ということは、「事実品」ではなく、形式も内容も整った「作品」になってしまったがために、高嶺の場合は面白くなくなってしまったということでしょうか???

いつもは私自身が楽しんだ展覧会を紹介していますが、今回はちょっとずッこけたものでした。
こんなこともたまにはありますね。

企画展は写真撮影禁止。常設展はOKなのですが、個人の記念(撮影)のためなら撮ってもよいということでした。HP等には載せてはいけないことになっています。
なので今回は長い上に写真もなくすみません。
せっかくなので美術館周辺の野外彫刻を2、3載せておきます。

「小さな鳥」フェルナンデス・ボテロ
「小さな鳥」フェルナンデス・ボテロ
「ヒロシマ−鎮まりしものたち」マグダレーナ・アバカノヴィッチ
「ヒロシマ−鎮まりしものたち」マグダレーナ・アバカノヴィッチ
「石で囲う」菅 木志雄
「石で囲う」菅 木志雄


金沢21世紀美術館 2011.5.31-6.1②

ヤン・ファーブル[雲を測る男]
[雲を測る男]ヤン・ファーブル

今回は金沢21世紀美術館で私が見た3つの展示−「イェッペ・ハイン360°」展、「サイレント・エコーコレクション展1」、「恒久展示作品」についてレポートします。

近年、一つの美術館で複数の企画展示を催す美術館が増えてきました。東京都現代美術館や広島市現代美術館、新美術館などはどれも見応えのある企画展を同時期に複数開いています。とともに、自館の収蔵作品を、あるテーマに沿って展示するコレクション展が行われることも多くなりました。東京都現代美術館などは、膨大なコレクションを色々な切口でその都度新鮮で刺激的な展示をしているので、収蔵品展がいつ行っても楽しめます。今回の金沢21世紀美術館の「サイレント・エコー コレクション展1」もその種のものです。
残念ながら「無料ゾーン」だけしか写真撮影が許されていないので、「有料ゾーン」の2企画展は写真での紹介ができませんが、まず「イェッペ・ハイン360°」展から。

「イェッペ・ハイン360°」展

デンマークの若手作家の日本の美術館での初個展。
インスタレーション10点の展示。「回転するピラミッド Ⅱ」は壁に取り付けられた全面鏡の四角錐がゆっくり回転し、反射の光で周囲の光景が変わり、また鏡に周囲の断片が万華鏡のように映り込む作品。
「見えない動く壁」はほとんど気付かないくらいの速さで部屋の中に設置された壁が動く。自分のいた場所が変わったように錯覚するのでその空間が把握しづらくクラッときます。
また「変化するネオン彫刻」はネオン管でジャングルジムのような立体が作られており、2秒おきに点灯するネオンが変わって色々な立体彫刻が現れます。
などなど、鏡や光を使った理知的、工学的な作品でありながら、人間の精神の奥に響き、くすくすっと笑いながらそれぞれを体験できる幸せ感溢れる展示でした。
特におもしろかったのは「見えない迷宮」。ヘッドフォンのような赤外線受信機を頭にかぶって、全く何もない広い部屋に入ります。部屋の中を歩くと、所々でビビビビっと頭に信号が送られてきます。赤外線信号によって見えない壁が作られていて、鑑賞者は信号を頼りにその壁に沿って迷路を歩きます。何もない部屋なのに見えない情報で頭の中で建築が生まれてきます。感覚、意識の不思議さを考えさせられる作品でした。

「サイレント・エコー コレクション展1」

最初に書いた、コレクションをあるテーマに沿って企画化し展示したものです。今回は音楽家ツエ・スーメイの「エコー」という作品の収蔵をきっかけに、「身体、音、技術の融合や連鎖的なつながりの中で生み出される音楽」と同じコンセプトで作られた造形芸術を集めた展覧会だそうです。
ヴィック・ムニーズのチョコレートで描いた作品、中川幸男のつぶれた花の作品、他マシュー・バーニー、ジェゼッペ・ペノーゼ、杉本博司など11点の作品が展示してありました。
一番すごかったのはやはり、ツエ・スーメイの《エコー》。これはスーメイがそびえたつ山を前にしてチェロを弾く様子をビデオに取った、ビデオインスタレーション作品です。画像が変に鮮やかでキメが荒くどこか現実感がないのがまず気になります。壮大な山々に向かってスーメイがチェロを弾くとその音がこだまとなって返って来ます。何回か弾いているうちにそのこだまは思わぬ時に返ってきて、時には演奏していない時にも山から音が聞こえてきます。それはまるで山自体の声のように思えます。なんだか自然の意志を聞いているようでもあるし、人知の及ばない自然との対話をしているような感覚に包まれます。原初的であり、また未知の世界に連れて行かれるような感じがすごかった。

「恒常展示作品」

現在金沢21世紀美術館の内外に恒久設置されている作品は10点あって、そのうち6点はいつでも見られます。
このtopicsの冒頭に載せたヤン・ファーブルの「雲を測る男」、オラファー・エリアソンの「カラー・アクティブ・ハウス」(写真①)、ジェームズ・タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」、マイケル・リンの「市民ギャラリー2004.10.9-2005.3.21」(写真②)など。いずれも今をときめくアーティスト達ばかりです。

オラファー・エリアソンの「カラー・アクティブ・ハウス」
(写真①)
マイケル・リンの「市民ギャラリー2004.10.9-2005.3.21」
(写真②)

ファーブルの「雲を測る男」は空に向かって定規を掲げている(素敵な行為です)男の像ですが、美術館の中央に1つだけある円筒形の部屋の上に展示されています。外からは意外と遠くまで行かないと見えません。ファーブルは、あの昆虫記を書いたファーブルのひ孫にあたるので(そのせいかどうかはわかりませんが)、よく昆虫を使った彫刻を作っていますね。ベルギー・アントワープ生まれなので、ブリュッセルの「ベルギー王立美術館」に、黄金虫で表面を覆った球体彫刻がありました(写真③)。
タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」は直島の「地中美術館」で紹介したものと同じですが、あの時はずいぶん並んでやっと入れたのに、今回はいつ行っても誰もいなくて、なんとタレルの空を独り占め状態(写真④)。超贅沢体験でした。
チケットが必要なのは、レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」(写真⑤)、ピピロッティ・リストの「あなたは自分を再生する」、アニッシュ・カプーアの「世界の起源」など。
上記のほとんどのアーティストはこのtopicsでおなじみです。

ファーブルの球体彫刻
(写真③)


タレルの「ブルー・プラネット・スカイ」
(写真④)
レアンドロ・エルリッヒの「スイミング・プール」
(写真⑤)

アニッシュ・カプーアだけは初出ですが、私がものすごく好きなアーティストの一人です。インド生まれのイギリス人。一昨年の「ロンドンアカデミー」での個展や、ロンドンオリンピックのモニュメントタワー制作などで今やイギリスを代表するアーティストです。「世界の起源」は傾斜したコンクリートの壁の上の方(手が届かないくらいの位置)に黒い楕円形の穴???がある作品です。よーく目を凝らして見てもそれが黒い壁なのか穴なのか、そしてそれがどこまで続いているのかわかりません。
いつもこの手でやられます。あのマットな黒い空間は「宇宙=無」そのものです。世界は「無」で出来上がっているんだと納得させられてしまう。そしてその「無」は寒々しいものではなくぞくぞくするほど神秘的で官能的です。

ということで、建築から現代美術の作品の質や展示・紹介の仕方、観覧者との交流など、どれをとっても納得できる素晴らしい美術館で素敵な時間を過ごしました。

 
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