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2024年12月23日17:13
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随想 , 現代美術 , 芸術 , 音楽
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中村メイコ(なかむらめいこ) 2023年12月31日没 89歳
子どもの頃、テレビの黎明期からバラエティ番組によく出ていた。覚えているのはNHKの連想ゲーム。
夫で作曲家の神津善行、長女の神津カンナ(作家)、次女のはづき(女優)、善之助(画家)など一家で有名で、当時の文化的ファミリーといった感じだった。黒柳徹子などもそうだが、彼女らいわゆる意識高い系文化人が戦後の女性文化を先導したのだと思う。
篠山紀信(しのやまきしん) 2024年1月4日没 83歳
『GORO』でのタレント(山口百恵など)の「激写」や『週刊朝日』の表紙、『写楽』などで有名だった。また宮沢りえや樋口可南子などのヌード写真でセンセーショナルな話題を呼んでいて、一般にはタレント的な写真家と言ったイメージがあったかと思う。
しかし芸術としての写真のテーマや表現手法は多岐にわたっていて、1976年、ヴェネチアビエンナーレでの個展『家』は、こんな寡黙で硬質なものが撮れるのかと思ったし、1991年NHK教育テレビの『近未来写真術』での「シノラマ」の圧倒的スケールには、写真の力をまざまざと見せつけられた。
南沙織と結婚したときには驚いた。
カール・アンドレ(Carl Andre) 2024年1月24日没 88歳
同一な形の鉄板や木材を規則的に並べる作品は、それ以上でも以下でもないミニマルアートの粋と言うべき作品かと。とても知的で無機質であるにも拘わらず何か暖かいところもあるような感じを受けていた。
死去から2ヶ月後の3月から川村記念美術館で大規模な個展が開かれたのに残念。
アナ・メンディエタという名前はアーティストとして聞き覚えがあったが、彼女がカール・アンドレの妻であり、一緒にいたときに不慮の事故(アンドレに殺人の容疑がかかった)で亡くなっていたことは知らなかった。
小澤征爾(おざわせいじ) 2024年2月6日没 88歳
ごく一般的なクラシック愛好家である自分では、小澤征爾の指揮がどれほどすごいものかわからないのが残念だけど、いろいろな映像で見る限り(特にリハーサルの場面は素晴らしい)、その人間的大きさというか、包容力というか、音楽や人間に対する愛というか・・・とてつもなく大きな人だなぁと感心するばかりだった。
村上春樹の『小澤征爾さんと、音楽について話をする』も、(村上春樹のエッセイは彼の小説と同じくらい大好きなのに)難しくてよくわからなかった。その村上春樹によれば「作家が文体を真摯に追求すればするほど、文体自体が消えていって見えなくなり、あとは物語だけが残る」のと同じように、小澤の音楽は「過度なメッセージ性も、大げさな身振りも、芸術的耽溺もなく」、小澤の中で確立された「純粋な音楽思念の誠実な発露」だけなのだという。そういうものなのであろうか。

『小澤征爾さんと、音楽について話をする』
鳥山明(とりやまあきら) 2024年3月1日没 68歳
子どもの頃は少年マガジン、サンデー、キングを読んでいて、発行日には必ず買うくらい好きだった。大人になってからは全く面白いと思わなくなって漫画を見なくなった。しかし高校教師をしていた80年代、生徒にものすごい人気だった『ドクタースランプ』を見たら間違いなく面白かった。今まで読んだ最後の漫画が『ドクタースランプ』。
谷川晃一(たにがわこういち) 2024年3月10日没 86歳
大学院生の頃、袋小路にはまった絵画の脱出の決め手はポップアートだと思っていて、かなり研究、模索していた。谷川晃一はポップアーティストだったけど、作品は何か湿っぽく、あまり革新的ではなかった。しかし理論家としては優秀で1980年に谷川が編集発行した『アール・ポップ』は刺激的でとても勉強になった。
リチャード・セラ(Richard Serra) 2024年3月26日没 85歳
リチャード・セラもカール・アンドレと同じミニマリズムのアーティストだとばかり思っていたけど、あの巨大でクネクネした鉄板のパブリック作品は、そこから脱出してポスト・ミニマルへ移行してきたものだったのか。確かに観客にコミットしたり、抵抗感を持たせた作品にはその試みが感じられる。認識新た。
舟越桂(ふなこしかつら) 2024年3月29日没 72歳
よく見てはいたけど、最初の印象はあまり良くなかった。あの端正な顔つきやスッキリした形象は父親の舟越保武のスタイルと同じジャン。作品に着色するのも目玉に異質なものを嵌めたりするのも、当時はもう定番になったポスト・モダンの典型的な手法ジャン。とは思ってはいたけどいつも気にはなっていた。
造形物(人間像)に魂を感じるのはわたしの趣味ではなくて、抵抗していたのかも知れないけど、抗いがたい魅力があってもう負けそう。舟越が亡くなった今、もう負けてもいいか。

舟越桂作品展示(広島市現代美術館)
竹田康宏(たけだやすひろ) 2023年11月に逝去されていました。69歳
巨大な鉛筆を突き刺したようなインスタレーションが衝撃的だった。1983年三重県立美術館での「現代美術の新世代展」出品作だ。彫刻的な量を持った構造物(木)が、その彫刻性を示しながら拒否され、精神的で曖昧な空間を構成することで作品化している。インスタレーションとはこういうものか、と納得した。
それ以来忘れていたけど、訃報に接して調べてみると、その後巨大な植物の種子や花弁をイメージした野外彫刻作品を多く制作していた。なんとも包み込むようなやさしさのある作品だった。ああこういう人だったんだなと思った。

竹田康宏|環-Mie-
桑山忠明(くわやまただあき) 2023年8月20日に逝去されていました。91歳
日本を代表するミニマルアーティスト・・・であることは知っているけど、作品を前にあれ山田正亮とどっちだったかなと思ってしまうことがある。これは私の認識不足から来るもので、今回良―く作品を見てみた。桑山で特徴的なのがメタリック類のペイントを使っていること。この視線を跳ね返し宙に浮かせるような画面は透徹した美しさがある。これだけ清廉潔白、自身のコンセプトがズレないのはすごいなぁ。自分はダメだったなぁ。なお、山田正亮はかなりペインタリーで描くという行為の中で絵画を探っている感じで、よく見れば大分違う。
ディン・Q・レ (Dinh Q. Le) 2024年4月6日没 55歳
最近、といってもここ10年くらいアジア人の現代作家が採り上げられることが多くなった。
最初は中国のファン・リジュン(方力鈞)なんかをよく見て、このディン・Q・レ(ベトナム)もそうだし、ソムアップ・ビッチ(カンボジア)なども。他名前までは覚えきれないけど、自国の政治や民族的な歴史などにコミットしていているものが多い。
ディン・Q・レは森美術館でよく見た。つい昨年の夏、「ワールド・クラスルーム:現代アートの国語・算数・理科・社会」にも出ていて見たばかりだったのに、夭逝だった。
笠谷幸生(かさやゆきお) 2024年4月23日没 80歳
1972年札幌オリンピックのジャンプ(70m級)で金メダル。銀、銅メダルも日本人でメダル独占。それまで笠谷なんて知らなかったが、冬季オリンピックでも日本人がメダルを取れるんだととても驚いた。
フランク・ステラ(Frank Stella) 2024年5月4日没 87歳
60年代、ブラックペインティングなどの作品で知られるステラは、その理論と体現した作品でミニマルアートの絵画的地位を確立した第一人者と呼んでいい。その頃のステラはよくわかる。70年代以降、ミニマル(近代)を越えようとしたステラは、ポスト・モダンの先駆け的なスタイルをいち早く示したということとは思うが、あれらの巨大な作品については評価しようとすることを越えている部分もある。確かに分裂したスタイル、またその折衷、平面と立体の混合などがあるが、なんでこんなものを作ったんだ。川村記念美術館などで見られるステラはただただものすごい。
鷹羽狩行 (たかはしゅぎょう) 2024年5月27日没 93歳
母が長年俳句をやっていたのでよく名前は聞いていた。
尾道の千光寺公園に行ったとき、句碑を見た。
「海からの風山からの風薫る」
この瀬戸内海の島々が見渡せる高台には、本当に心地よい風が吹いていた。

千光寺公園 鷹羽狩行句碑
佐野ぬい(さのぬい) 2023年8月23日に逝去されていました。90歳
大学院修了時から数年間「新制作協会展」に出品していたが、それは新制作の作品展示が二段掛けが全くなく、とても作品を大切にしていたこと。また会員に櫃田伸也、佐藤泰生、佐野ぬいなどがいたことからだった。

佐野ぬい 作品集
槇文彦(まきふみひこ) 2024年6月6日没 95歳
年に何回か上京して、美術館、ギャラリー巡りをするけど、巡る場所場所で槇文彦の建築に出会う。代官山にはアートフロントギャラリーがあって、行く度ヒルサイドテラス横を通り過ぎるとなにかスッキリした気分になる。森美術館から少し散歩するとテレビ朝日の扇型の建物が見えるし、表参道のスパイラルギャラリーにも何回か行った。
ポスト・モダンなのかな?でも磯崎新のように重々しくなく風が通るような爽やかさがあって好きだ。
地元では島根県立古代出雲歴史博物館や来年開館の鳥取県立美術館がある。
伊藤公象(いとうこうしょう) 2024年7月6日没 92歳
薄くスライスした陶磁土を即興的に丸めて焼き、それを床に敷きつける陶のインスタレーションを何回か観たことがある。広島市現代美術館の屋外だったろうか。繊細な作品で、陶芸を爽やかな現代美術に仕立て上げて見事だった。
伝統工芸の技法で現代美術の一線をずっと歩いてきた作家だった。1970年代、私も出品したことがある栃木県立美術館開催の「北関東美術展」というコンクールで大賞を取ったのも覚えている。
ビル・ヴィオラ(Bill Viola) 2024年7月12日没 73歳
70年代、美術メディアの伸張で、インスタレーションなどの新しい形式の作品がばっと出てきたが、同じようにビデオ作品も多く登場した。
ビル・ヴィオラはその第一人者でビデオを美術メディアとして確立した(特にパフォーマンスビデオ)功績者の一人だろう。人間が水を大量に被ったり、火の中にいたりする映像は鑑賞者にかなり緊張感を強いて、その分人間の根源的な精神性に訴えてくるものだった。
余談だけど、その頃は現代美術の展示といえばインスタレーションかビデオで、絵画などほとんど見られなかった。
園まり(そのまり) 2024年7月26日没 80歳
1960年代小学生の頃、テレビで大人の歌手というもの初めて知ったのが園まり。「逢いたくて逢いたくて」など「シャボン玉ホリデー」でよく聴いた。ご本人もその歌い方も色っぽくてドキドキした。
大崎善生(おおさきよしお) 2024年8月3日没 66歳
大崎善生はたぶん『聖の青春』や『将棋の子』などの将棋ノンフィクション作家として知れていると思う。将棋見る将でもある私は、それらももちろん面白かったが、大崎の本性は喪失系悲しみ小説(勝手に命名した)の、『パイロットフィッシュ』『アジアンタムブルー』『孤独か、それに等しいもの』などだと思っている。
一時期大崎の小説に夢中になり繰り返し読んだことがある。とてもとても優しい人だと思った。
高橋和と結婚したけど、むべなるかなだった。
田名網敬一 (たなあみけいいち) 2024年8月9日没 88歳
今年8月上京時に田名網の訃報を聞いた。その時新美術館で『田名網敬一展 -記憶の冒険-』をやっていて、観ようかどうしようか迷っていたところだったので、行かざるを得なくなった。
私が現代美術を勉強した頃に出てきた人なので、なんとなく知っていたけど、その全貌は圧倒的な美術探究のエネルギーに満ちていた。
60年代の反芸術運動やサブカルチャー、ポップアートの影響を受け、異質なイメージを過剰にコラージュするシルクスクリーン作品は粟津潔や横尾忠則と共通する。
ちょうど訃報に接して展覧会を見たこともあり、この過剰なイメージと途方もない制作欲は、最後には「死への恐怖や邪念を払拭する方法であり・・・・自身の作品は魔除けであり、幸運をもたらす護符」のようなものだったことが実感された。

田名網敬一 新美術館での展示作品
アラン・ドロン(Alain Delon) 2024年8月18日没 88歳
『太陽がいっぱい』は1960年上映なのでon timeでは観ていないけど、その後ビデオ等で何回か観た。観るたびにすごかった。人気が出るのも無理もない。
『冒険者たち』(1967)『あの胸にもういちど』(1968)などはぎりぎり上映館で観た気がする。中学生だったので結構刺激が強かった。
ダリダとデュエットした『甘い囁き』がヒットした(1974)。アラン・ドロンの吹き替えは野沢那智と決まっていたけど、『甘い囁き』の日本版の野沢那智と金井克子のデュエットは何か恥ずかしかった。やはり何を言っているのかわからないフランス語でなければ。
セルジオ・メンデス(Sérgio Santos Mendes) 2024年9月5日没 83歳
小学校6年の時、日曜の朝にポップスのベスト10番組をラジオでやっていた。それをベッド(2段ベッド)の中で聴き、10時からはアメリカンシットコムの『ルーシー・ショー』と『じゃじゃ馬億万長者』を観るのが日課だった。その頃きらびやかなアメリカ文化をいっぱい浴びた。
そのトップ10番組で流れていたのがセルジオ・メンデス&ブラジル’66の「マシュ・ケ・ナダ」。素晴らしい曲だった。1966年のこと。
ティト・ジャクソン(Tito Jackson) 2024年9月15日没 70歳
今の若い人はマイケル・ジャクソンはソロシンガーだと思っているんじゃないかな。まぁそうなのだけど、1969年にデビューしたときにはジャクソン5の一員だった。ジャクソン5はジャクソン兄弟5人による「ボーイ・バンド」で、マイケルは五男でリードボーカル。ティト・ジャクソンは次男。
その時の勢いはものすごかった。「I Want You Back」「ABC」「小さな経験」「I’ll Be There」などを聴いてみればわかる。
J・D・サウザー(John David Souther) 2024年9月17日没 78歳
J・D・サウザー。懐かしい名前だ。大ヒット曲「You’re Only Lonely」は1979年。忘れていたけど、改めて聴き直すとなんていい曲なんだ。70年代から80年代にはこうしたミディアムテンポで、激しくも湿っぽくもない、ただ優しいばかりの曲が多いかも。ニール・ダイヤモンドとかニルソンとか。
J・D・サウザーはイーグルスの「New Kid in Town」も作っている。これもとてもいい。
クリス・クリストファーソン(Kris Kristofferson) 2024年9月28日没 88歳
クリス・クリストファーソンもその一人かも知れない。ものすごく声のいいカントリー系のシンガーだと思っていたけど、結構有名な俳優でもあったらしい。
「Me and Bobby McGee」をよく聴いた。あと「Help Me Make It Through the Night」。
高階秀爾(たかしなしゅうじ) 2024年10月17日没 92歳
『名画を見る眼』『続 名画を見る眼』『近代絵画史:ゴヤからモンドリアンまで』などは美術史をきちんと把握するために読んでおくべき本だった。面白くはないけど、これを読めばまずは基礎的知識は付く。高階秀爾はそういった啓蒙的役割を持った作家として捉えていた。なので学生にもこれとこれだけは読んでおくようにと夏休みの宿題に出したりした。
でも『ニッポンを現代アート』など結構現代美術系の本も書いている。
谷川俊太郎(たにかわしゅんたろう) 2024年11月13日没 92歳
十代の頃、詩が好きだった。でも読むのは萩原朔太郎とか中原中也とかで、谷川俊太郎は平明なのにあまりピンと来なかった。なんでも軽々とできてしまって、時代の寵児的な扱われ方(本当にそうなんだろうけど)をしていたのにも何か反発したくて、食わず嫌いだったかも知れない。
でも親になって『ことばあそびうた』や『もこ もこもこ』にはお世話になった。とくに『もこ もこもこ』は絵が元永定正だったから私の宝物みたいなものだった。
(ちなみに10月になくなった中川李枝子さん[2024年10月14日没 89歳]の『ぐりとぐら』シリーズにも本当にお世話になった)
近年、朝日新聞に月一掲載されていた詩「どこからか言葉が」は楽しみだった。最近は死への思いが色濃くなっていて、それはそれは心に染み入るものばかりだった。
谷川俊太郎の死をテーマにした詩はどれもすごいけど、そのうち一編だけ。ものすごいです。
「死と炎」
かわりにしんでくれるひとがいないので
わたしはじぶんでしななければならない
だれのほねでもない
わたしはわたしのほねになる
かなしみ
かわのながれ
ひとびとのおしゃべり
あさつゆにぬれたくものす
そのどれひとつとして
わたしはたずさえてゆくことはできない
せめてすきなうただけは
きこえてはくれぬだろうか
わたしのほねのみみに

朝日新聞 2024年11月17日

谷川俊太郎 『ことばあそびうた』

中川李枝子さん『ぐりとぐら』
中山美穂(なかやまみほ) 2024年12月6日没 54歳
世代が違うので追いかけたことも、とくに思い入れもないけど、あのギラギラした目と勝ち気な表情は魅力的だった。ちょうどアイドルの集団プロデュースが出始めの時で、それに対して一匹狼的な感じでかっこよかった。
リリースした曲も『色・ホワイトブレンド』(これは竹内マリアの歌でしか覚えていない)『ツイてるねノッてるね』『WAKU WAKUさせて』『You’re My Only Shinin’ Star』『世界中の誰よりきっと』『ただ泣きたくなるの』など、アイドルの曲とは思えない、よくできたいい曲ばかりだった。
久里洋二(くりようじ) 2024年11月24日没 96歳
アニメーション作家、イラストレーターとして日本の60年代のサブカルチャーを推進した一人。いかにも60年代らしい作家だった。あのひげと長髪の風貌と11PMでのシュールでちょっとエッチ(と言う言葉が流行った)なアニメーションが久里洋二の印象だけど、ひょっこりひょうたん島など子ども向けのアニメーションも多く手がけている。
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2024年12月17日16:15
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近藤昌美個展「滝と花と犬」東京アートミュージアム
2023年10月7日(土)-12月24日(日)
近藤さんは造形大の教授。またFBで首都圏の展覧会・ギャラリー情報を頻繁にあげてくれていて、遠方の私はいつもとてもありがたく拝見させて貰っている。
この近藤さんご本人の個展もFB上でたくさんの方からの投稿があり、展示風景やコメントも多いので、今更私が言うこともないですが、安藤忠雄の3階高の細長い空間とコンクリートの質感という難しい条件に対して、これ意外にないほどぴったりな作品レイアウトは流石としか言い様がありません。また近藤さんの作品はかなりエナメル感というか金属質の感じもあり、コンクリートの冷たさとむしろ合っているように思えました。
素晴らしいです。
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2024年12月8日23:35
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2023年9月22日から22日までの1週間台湾に行ってました。
台湾は3度目なので、今までに行っていない瑞芳、九份、迪化街などを回った。九份は「千と千尋の-」ばかりが先行している感じだったので、どうかなと思っていたけど、結構エキサイティングで面白かった。九份茶房というところで、ウーロン茶の入れ方を見せてもらった。
霊感など全くない私なのだが、龍山寺は最初に行った時に、なぜかビビっときてしまい、それ以来必ず行くようにしている。(ただちょっと前から線香が禁止になってしまい、もう霊感も働かないかも)
本来の目的は「廖修平と弟子たち展」台湾展のオープニング出席で、こちらは華やかに楽しく行われ、台湾の作家達との親交も深められた。
台北市立美術館は3回目にしてやっと開館時に行くことができた。スケール、空間ともに立派な堂々とした美術館。企画も内容が濃く素晴らしかった。
三階建だが、1階は台湾の名映画監督の楊德昌(Edward Yang)の全貌展示「A One and A Two: Edward Yang Retrospective」。2階は幼くて日本に渡り画家として活躍した何徳来の回顧展-「吾之道」3階は新進気鋭の4作家の映像インスタレーション。
日帰りで台中にも行って来た。お目当ては伊東豊雄設計のオペラハウス「台中国家歌劇院」と国立台湾美術館。
台中国家歌劇院は、どうしたらこんな空間が生まれるのかってくらいウチも外もものすごい。いやー素晴らしかった。
国立台湾美術館も広いスペースにスケールの大きな企画展が開催されていた。「全國美術展」は現代美術の全国コンクール。以前あった毎日現代美術展みたいなもの。台湾美術界を牽引してきた黄才郎の回顧展。新進気鋭の作家数名の映像インスタレーション展。
今回台湾美術を堪能したけど、ちなみに台北市立美術館は全部で30NTD(140円くらい)、国立台湾美術館は全部無料。日本の文化行政の酷さを憂える。
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2024年11月30日16:58
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六本木ヒルズにドラえもんがいっぱいいた。
「ワールド・クラスルーム 現代アートの国語・算数・理科・社会」 森美術館
美術を学問領域と関連付け、それを学校の教科に当てはめて観る展覧会。確かに現代美術は純粋視覚ではなく、世界の認識のためにいろいろな領域とコラボして作品が成立しているので、その領域を学校の教科と結びつけて提示するのは一つのアイデアかも知れない。
科目は「国語」、「社会」、「哲学」、「算数」、「理科」、「音楽」、「体育」、「総合」に分かれている。
最初の「国語」は言葉-コンセプトとの関係になるので、作品だけ観ていてもなんだかわからないものが多い。説明をよーく読んで関わりを理解して意味を把握していく。「社会」も写真や映像作品が多いのだけど、ただ観ているだけではわからず、背景の「政治」「経済」「社会」等の事情を説明から読み取って「あぁこの池のように見えるものは、ベトナム戦争時にアメリカ軍によって絨毯爆撃された跡なんだな」とわかる。
でもまあテキスト通りに解釈するより揺らいだ多様な解釈ができる方が面白い。
「哲学」も背景の哲学的思想との関わりはあるけれど、映像を見て直接感じ取れるものがある。豆腐の表面にお経を書いてそれが腐っていく様子を撮ったものとか、死体の前で「死」について講義するとか。
宮島達男、李禹煥も「哲学」に入っていたのはわかるけど、奈良美智も「哲学」?
最も面白かったのは「理科」。ソムアップ・ピッチの竹細工、サム・フォールズの植物、田島美加の特殊な顔料による絵画や宮永愛子のナフタリンなど。やはり視覚と認識が紆余曲折はありながらもその場で繋がる方が面白くはある。
最近こんなお勉強的な展覧会ばかり観て少し息苦しい。
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2024年4月11日12:36
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もう懐かしい感じになった現代美術作品を復習するような展覧会を2つ見た。
①「PLAY PLAY ART」展 ワタリウム美術館
ワタリウム美術館の70年代から90年代のコレクション作品を総観する展覧会。1点、小谷元彦の「リボーンアート・フェスティバル」出品作品「Surf Angel(2021-22)」だけが特陳。
特にテーマは感じなかった。もうすでに懐かしいという感じと、結構渋いというか、芸術に対する真摯さがあったなぁという感想。
小谷元彦、ナムジュン・パイク、ニキ・ド・サン=ファール、アンディ・ウォーホル、ジョナサン・ボロフスキー、デイヴィッド・ホックニー、小沢剛、ソル・ルイットなど。

小谷元彦

ナムジュン・パイク

ニキ・ド・サン=ファール

アンディ・ウォーホル

ジョナサン・ボロフスキー

デイヴィッド・ホックニー

小沢剛

オノ・ヨーコ

ソル・ルイット
②「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開」展 アーティゾン美術館
改装、改名なってから初めて行った。セザンヌやマティスに始まってカンディンスキーや抽象表現主義、日本の抽象まで年代順に網羅している。抽象を総復習するような展覧会。
学生の頃、わくわくしながら見たブリジストン美術館の近・現代の珠玉の作品との再会は感慨深いものがある。また今回旧収蔵作品に加えて、かなりの数の新収蔵の作品が展示されている。
最後に現代の抽象のホープ的な作家7名(津上みゆき、髙畠依子、リタ・アッカーマンら)の作品が展示されている。こういうのがあって単なる名画の総花的な展覧会で終わっていないのがいい。

セザンヌ

マティス

ピカソ

カンディンスキー

フォートリエ

デ・クーニング

ロスコ

元永定正

スーラージュ

津上みゆき

髙畠依子

リタ・アッカーマン
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2024年3月27日0:30
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30年来の旧友二人の個展に行って来ました。
①田鎖幹夫展
昨年日本橋から表参道に引っ越ししたギャラリー砂翁&トモスは、空間と壁面、光までもが見事に呼応しているステキなギャラリーでした。
田鎖君は独自に開発した蜜蝋を使った作品を作り続けている。
蜜蝋を紙や板に塗り、引っ掻いて跡を作りインクや絵具を乗せ、それを溶かして別の紙に転写する。反転した作品がもう1つ出来る。
何より転写という間接的な過程を経ることで偶然性を取り込んだ作品になり、その分意図や意識から離れて開放的な気分になるのが心地よい。
②五嶋稔展
京橋のギャラリー檜B・C。
いつも通り五嶋君の性格そのものの、サービス満点の作品群でした。
アクリルガッシュの艶消し不透明、明るいベタ塗りと細筆による線の走りが冴え渡っていました。楽しい作品ですがただ楽しいばかりでなく、秘密めいたというか、蠱惑的なところがなんともくすぐられます。
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2023年12月29日19:04
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随想
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磯崎 新(いそざきあらた) 2022年12月28日 91歳
埼玉県在住時には群馬県立近代美術館(1974年建設)にはよく行った(庭に宮脇愛子の「うつろい」がある)。この頃から重厚で幾何学的、いかめしい感じだった。1983年のつくばセンタービル、1990年の水戸芸術館なども幾何学的なのに近代建築のような軽さ、明るさはなく、何か重々しく歴史主義的な威圧感というか、荘厳さというか、があった。
高山 登(たかやまのぼる) 1月8日 78歳
もの派の重鎮だった。もの派は鎌倉画廊でよく展覧会をしていて、そこでよく見た。枕木を使ったインスタレーションが有名。横浜の旧BankARTでも見た気がする。同じもの派の原口典之(2020年没)とイメージが重なる。原口は廃油プールで、どちらも暗く重たく「もの」の存在感が圧倒的。
ジェフ・ベック(Jeff Beck) 1月10日 78歳
ジェフ・ベックグループ時代のボガート&アピスは元ヴァニラ・ファッジ。
アルバム「BLOW BY BLOW」(1975)「WIRED」(1976)がすごかった。
ディビッド・クロスビー(David Crosby) 1月18日 81歳
クロスビーもザ・バーズ(1965年「ターン・ターン・ターン」、のちにメーリー・ホプキンがカバー)から始まり、ジェフ・ベックと同じようにいくつかのグループの結成、解散をしながらそのキャリアを積んだけど、なんと言っても1969年結成のクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング(グラハム・ナッシュは元ホリーズ、ヤングはあのニール・ヤング)。アコースティクな音作りと、4人のコーラスの美しさはこれぞフォーク・ロック。
特に「Teach your children」は最高。これを書いていたら1969年のバーズの「イージーライダーのバラード」とか、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「ウッド・ストック」を思いだした。懐かしい。
バート・バカラック(Burt Bacharach) 2月8日 94歳
作曲家。
ディオンヌ・ワーウィック 「サンホセへの道」(1968)、「恋よ、さようなら(I’ll Never Fall in Love Again)」(1970)
アレサ・フランクリン 「小さな願い( I Say A Little Prayer)」(1968)
カーペンターズ 「遙かなる影(close to you)」(1970)
などなど。そして極めつきはB・J・トーマスの「雨に濡れても(Raindrops Keep Fallin’ on My Head)」
大江健三郎(おおえけんざぶろう) 3月3日 88歳
大学生の頃、大江健三郎と高橋和巳は読んでいないと恥ずかしいという感じがあって、必死になって『死者の奢り』『芽むしり仔撃ち』『飼育』など読んだけど、難しすぎて読み切れなかった。高橋和巳もなんとか『捨子物語』は読んだけど、『非の器』とか全く太刀打ちできなかった。それより柴田翔や庄司薫とかに夢中になった。
後年、大江の知的障害の息子、大江光のピアノ曲のCDをよく聴いた。
坂本龍一(さかもとりゅういち) 3月28日没 71歳
『戦場のメリークリスマス』や『ラストエンペラー』などがクラシックとして残っていくのだろうな。私がよく知っているのは1978年結成のイエロー・マジック・オーケストラ(細野晴臣、高橋幸広-2023.1.11没)の『ライディーン』や『テクノポリス』などのいわゆるテクノポップ。これはどうなのだろう?ちょうど同時期のジュリアン・シュナーベルのプレイト・ペインティングみたいな。すごいのだけど、モダン以降のこの時期のどう評価したら良いのかわからない感じもある。
畑正憲(はたまさのり) 4月5日 87歳
『われら動物みな兄弟』(1967)ではまってしまった。『ムツゴロウの青春記』『ムツゴロウの少年記』『ムツゴロウの放浪記』『ムツゴロウの結婚記』(1971-79)むちゃくちゃ面白かった。私にとって畑正憲は作家。『ムツゴロウの青春記』は北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』とともに青春小説のバイブル。

畑正憲のムツゴロウシリーズ
富岡多恵子(とみおかたえこ) 4月6日 87歳
詩集『女友達』の『水入らず』が好き。とても才能のある人という印象。でもその名前は池田満寿夫のパートナーとして知った。池田のドライポイントの傑作『タエコの朝食』(1963)の多恵子。池田と別れた後は菅木志雄と暮らしていたので、よほど才能のある美術家と縁がある。
澄川 喜一(すみかわ きいち) 4月9日 91歳
大学卒後数年、新制作協会展に出していたので、その頃から澄川喜一の作品を見ている。幾何学的な構成なのに西洋近代の匂いを全然感じない魅力的な抽象彫刻だった。スカイツリーのデザイン監修で知られる。2015年石見県立美術館での個展の内覧会でお会いした時、後進の指導をよろしくと言われた。
横田忠義(よこたただよし) 5月9日 75歳
正統派のアタッカーという印象。大古誠司、森田淳吾、猫田、南らと共に活躍し、1972年ミュンヘン五輪の金メダルを取ったけど、すごかったのは準決勝のブルガリア戦。セットカウント0-2からの大逆転は今でも記憶に残っている。
ジュディス・ダーラム(Judith Durham) 2022年8月5日没 79歳
オーストラリア出身のコーラスグループThe Seekersのボーカル。昨年亡くなっていたが今年知った。
ヒットした「Georgy Girl」(1967)は知っていたが世代としては一つ前で、むしろ最近散歩の時に聴くオールディズの中で「I’ll Never Find Another You」とか「The Carnival is Over」をよく聴く。60年代の良心とも言うべき素敵な歌声。
ティナ・ターナー(Tina Turner) 5月24日 83歳
さすがに1984年の「愛の魔力」(原題:「What’s Love Got to Do with It」あまり良い邦題とは思えない)は知っているが、私がよく聴いたのは、その前の夫のアイクとデュエット、アイク&ティナ・ターナーの時代。1971年のCCRのカバー曲「プラウド・メアリー」など。アイクのDVがひどかったとか。
イリヤ・カバコフ(Ilià Kabakov) 5月27日 89歳
大地の芸術祭の「棚田」はまだ残っているのだろうか。2003年車を飛ばして新潟の山中まで行ったが、越後妻有大地の芸術祭は日本の野外展の先駆けだった。ボルタンスキーもその時初めて見て、インスタレーションやアースワークにすっかり魅せられてしまった。イリヤ・カバコフはその後、国立近代美術館や国立国際美術館などで何度も見た。旧ソビエト連邦の良心の人だった。

イリヤ・カバコフ 国立国際美術館での展示
野見山暁治(のみやまぎょうじ) 6月22日 102歳
野見山暁治信奉者は、特に芸大の教え子を中心にものすごく多い。人間的にも作品からもそうであろうことは納得させられる。文才があることでも有名で、私も何冊か読んだ。野見山の作品が故郷飯塚のぼた山とフランス留学時の窓からの丘陵風景から来ていることはよくわかった。
森村誠一(もりむらせいいち) 7月24日 90歳
『人間の証明』(1976)などの推理小説を角川が映画化し、その宣伝に莫大な費用を掛けて売り出す、いわゆる角川商法に乗って大ヒットした。あの頃の角川はあざといくらいにすごい勢いだった。森村は熊谷出身。
無着成恭(むちゃくせいきょう) 7月26日 96歳
TBSラジオ「全国こども電話相談室」で独特の東北弁で名回答をしていた。このラジオはこどものためと言うよりも、どう回答するかという大人の人間力を試されている様なところが面白かった。他の回答者は永六輔、なだいなだ、中山千夏、大橋巨泉ら。
野村仁(のむらひとし) 10月3日 78歳
いくつかの現代美術展で作品を拝見した。よく見たのは月の動きを撮影した写真をもとに宇宙の現象を視覚化する作品。透徹した理論と視覚が融合している感じ。写真を媒体として人間と宇宙の存在をコンセプチュアルに表現することとはこういうことかと気づかされた。
谷村新司(たにむらしんじ) 10月8日 74歳
私の中に残っている谷村新司は「昴」や「いい日旅立ち」の作詞作曲者としてではなく、またヒット曲「チャンピオン」や「冬の稲妻」を歌うアリスのメンバーとしてでもなく、そのもっと前「帰らざる日々」(1976)と「遠くで汽笛を聴きながら」(1976)の谷村新司。『セイ!ヤング』の名物コーナー『天才・秀才・バカ』は最高に面白かった。
もんたよしのり 10月18日 72歳
埼玉県の高校教師として就職して2年目の1980年夏、組合の合宿で軽井沢に行く途中、(旧)碓氷峠(当時はまだ高速がなかった)を走っている時、当時大ヒットしていた「もんた&ブラザーズ」の「ダンシングオールナイト」がカーラジオから聞こえていた。
犬塚弘(いぬづかひろし) 10月27日 94歳
「ハナ肇とクレージーキャッツ」の最後の生き残りだったけど、ついに誰もいなくなってしまった。子どもの頃、日曜日の6時半から、クレージーキャッツとザ・ピーナッツの「シャボン玉ホリデー」がとんでもなく面白くて毎回楽しみだった。ピーナッツが歌うエンディング曲「スターダスト」も最高。
マシュー・ペリー(Matthew Perry) 10月28日 54歳
『フレンズ』のチャンドラー役。『フレンズ』は英語の勉強を兼ねて繰り返しよく見た。英語字幕と字幕なしで交互に。アメリカ人のハチャメチャな行動様式に驚きっぱなしだった。今でもyoutubeの「フレンズ英会話カフェ」などで英語の勉強しながら見ている。
大橋純子(おおはしじゅんこ) 11月9日 73歳
大学院を修了して就職が決まり、大宮のアパートに転居した1979年3月、後輩が遊びに来た。その夜、親に買って貰ったカローラクーペの試乗を兼ねて、その後輩を実家の羽生に送っていった帰り道、大橋純子の「たそがれマイ・ラブ」がラジオから流れていた。
KAN(かん) 11月12日 61歳
「愛は勝つ」が大ヒットした1990年、KANは毎週金曜日の「やまだかつてないテレビ」(山田邦子の番組)のレギュラーだった。「やまだかつてないテレビ」では芸能人の変なゴシップをイニシャルトークで暴露するコーナーがあって、翌日の土曜日の授業(その頃は土曜日も半日授業があった)で、生徒とあの「TA」は誰だとか推理しあって盛り上がった。楽しい授業だった。
福岡道雄(ふくおかみちお)11月15日 87歳
2014年の横浜トリエンナーレで「何もすることがない」と「飛ばねばよかった」を見た。その表現の奇抜さに反芸術の意志の強さと人間力を感じた。

福岡道雄「何もすることがない」
ヘンリー・キッシンジャー(Henry Kissinger)11月29日 100歳
1970年代、ニクソン政権時の国務長官。国際政治の舞台での活躍が強烈。ニクソンより存在感があった。中国との関係改善やベトナム戦争終結の功績の印象が強かったが、反面罪過もあったようだ。まぁそうだよな。
ライアン・オニール(Ryan O’Neal)12月8日 82歳
アリ・マッグローと共演した「ある愛の詩」(1970)で有名(フランシス・レイのテーマ曲も大ヒット)。私は大学生の時にテレビで毎日深夜にやっていた「ペイトン・プレイス物語」で知った。確かモノクロ画面。会話が率直で刺激的だった。人が嫌がることでも平気で言って、言われた方も感情的にならずにちゃんと言い返す。日本人とは全く違うアメリカ人のメンタリティにびっくりしてしまい、その話にのめり込んだ。
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2023年12月14日10:10
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展覧会 , 東京 , 美術館
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展覧会で作品を見るとき、自分でも制作している身からすると、純粋な鑑賞はなかなかできなくて、自分にとって有益な情報はないかとか、この手法は使えないかとかついつい考えてしまう(特に若いときは)。そうでなくても自分との距離感をいつも測りながら見ているという感じはあると思う。
しかし若い頃にすごく影響を受けた作家の展覧会は邪心なく見られる。しかしその頃の感動を思い出すようにして見るため、現実の鑑賞としては逆に上滑りしてしまい、アクティブな鑑賞ができなくなってしまうということが多々ある。
それを危惧しながらも、エゴン・シーレ展と佐伯祐三展は見ずにはいられなかった。
○エゴン・シーレ展(東京都美術館4月9日まで)
人気です。あの体を切り刻むような線が、自分の実存的な苦悩を理解してくれていると思ってしまうのは自分だけではないのだろう。私は授業でもよく紹介したりして使わせて貰った。でもあまりに見過ぎて飽きてしまうのも、怖いことだがありがちではある。実は今はシーレの作品の中では空間に埋め込まれたような茎を持つ植物や家並みの風景、またあまりないが室内風景などが人物以上に面白いと思う。それから晩年(といっても享年28だけど)、一見平凡なリアリズム人物絵画みたいになったものが逆にすごいと思っているが、今回それらの作品もきちんと展示されていてとても良かった。
今回、なぜか風景作品だけ写真OKになっていたので紹介します。
○佐伯祐三展(東京ステーションギャラリー4月2日まで)
これも人気です。やはり年配の方が多い気がする。佐伯の憂愁もまた抗しがたい魅力で、高校時代心酔した。これも見飽きてはいるがと思って内心ヒヤヒヤだったけど、やはり新しい発見があって良かった。
一般的に面白くないといわれている、日本に一時帰国した際の作品も、下落合風景はいいんじゃないか。滞船はやはり面白くなかったけど(なぜ空があんなに暗いのか)。あまり目にしない人物や静物もなかなか素敵でした。
代表作である、細い線で描かれた広告文字の作品の後に、晩年(といっても享年30歳ですが)郊外に居を移して重量感のある建物を描いているのもなるほどなと思いました。
何よりも佐伯の全年代を網羅した100点以上の作品群。その中に画集に載っている代表作品はほとんどすべてあり、また初出の作品も数点ある、この圧倒的な質・量を堪能しました。(写真NGなので駅舎のレンガの壁を)
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2023年11月29日9:50
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個展 , 展覧会 , 東京 , 現代美術
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全く私には縁のない、しかし質の高い展示をすることで定評のある銀座のブティック系、化粧品系ギャラリーに行ってきました。
○銀座メゾンエルメスの「Interference(インターフィーレンス)」展 6月4日まで
繊細で脆い素材を使って知覚体験を促す4人のグループ展。
スザンナ・フリッチャーはモーターで震える糸を会場の空間に縦横にめぐらしたインスタレーション。その中を糸の震えやモーター音に同調しながら歩く体験。画像では糸が見えないかも。肉眼でもよく見えないくらい繊細でした。
フランシス真悟の絵画は正方形の中央に円が描かれていて、それが微妙な色で塗られている。解説によれば光干渉顔料を使っているそうで、見る方向によりキラキラした色が蝶の鱗粉のように揺れ動く。
どれも体験するこちら側の反応で成立するような作品でした。
○シャネル・ネクサス・ホールの「マベル ポブレット」展 4月2日まで
キューバ生まれの女性アーティスト。パンフでは特殊な加工をした写真作品かと思ったけど、実際は今まで見たこともない不思議なモノだった。
小さくピラミッド型に折られた写真が壁から空間を空けて立体的に構成されていて、それをちょっと遠くから見ると画像が浮かび上がる。キャプションの素材欄に「origami folded photographs printed on backlight, mounted on plexiglass」とあり、プレキシグラスを塗った写真を折り紙のように折って作っているらしい。他に花びらの形のプラスチックをたくさんパネルに刺したものもあった。一見工業製品っぽいのだけどそれを越えて惹かれるものがある面白い作品だった。
(それにしてもエルメスやシャネルに入るときにはいつも緊張する)
○資生堂ギャラリーの「YU SORA もずく、たまご」展(4月9日まで)
白い布に黒い糸で刺繍した作品。平面もあるが、実物大の立体を布で覆うインスタレーションも。モティーフはリモコン、テーブルの上の本やカップ、カーテンなど室内生活範囲の身近なもの。日常がそのまま漫画の一コマになって飛び出してきたような感じで、現代の工業製品がなんともはかなく愛おしく思える作品でした。
YU SORAは第16回 shiseido art egg賞受賞者の一人。
○ポーラミュジアムアネックスの「ポーラ ミュージアム アネックス展 2023 -自立と統合-」展(4月16日まで)
ポーラ美術振興財団による若手アーティスト海外研修助成制度で選ばれた6名による展覧会。
その後期3人展。佐藤幸恵の半透明ガラスの作品がかわいかった。
○GINZA SIX 6階蔦屋書店の中央イベントスペースGINZA ATRIUMでのb.wing個展「Home Alone(Don’t forget to play)」
(残念ながら3月29日で終わってしまった)
b.wingは香港出身のアーティスト。展示されている絵画(A-boyというキャラクターらしい)や教室風のインスタレーションから、作家の子どもの頃の孤独や心細さがあふれ出ている感じで、心ならずも「しん」と感動してしまった。
この作家は全く知らなかったので驚きも大きい。それにしてもGINZA SIX 6階蔦屋周辺は面白くいつまでいても飽きない。
(最後の画像はGINZA SIX吹き抜けのジャン・ジュリアン作品)
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2023年11月26日18:13
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展覧会 , 東京 , 現代美術 , 美術館
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VOCA展(上野の森美術館)3月30日まで
3月に上京するとVOCA展には必ず行くようにしている。
VOCA展は今年で30周年だとか。VOCA展のサブタイトルは-新しい平面の作家たち-で、今回30周年記念企画として「平面」≠「絵画」~絵画と平面の境界線~ という展示もある。
30年間常に平面と絵画の問題はついて回っていただろうけど、その解釈は難しい。
以下、勝手な解釈ですが、
VOCA展が発足した1994年当時は「絵画」が「平面」に取って代わられ、壁に従属するような機能しかないモノになっていた。そこからの脱却を求め、空間として価値ある平面=原初的世界像を表出する平面=絵画 を創出するべく悲愴な決意を持った作家の作品がVOCA展に登場した。いわく赤塚祐二、吉川民仁、丸山直史、東島毅、小林正人、野沢二郎・・・などの実験的作品がそうで、それはすばらしい光景だった。
その後2000年代に入ると、絵画がなんかまた矮小化したようなあまり面白くない感じになった。VOCA展もこんなモノでいいのかなとがっかりしちゃって、それほど見たいと思わなくなった。
絵画が大きなくくりで語れる物語は持たなくなって久しい。でも最近はそれぞれみんな違ってみんないい的な感じで、よくわからないけど作品1点1点は面白いと思う。出品規定が壁から20cmまでとなっていて、また素材も問わないことから写真、映像、陶芸、テキスタイルなどほとんど何でもいい。であれば、絵画と平面の違いと言うよりなぜ平面にこだわるのかもよくわからない。
30年前とは隔世の感がある。今でもその頃の作品は好きだが(彼らの作品ももちろん変化している)、しかしなぜか30年前の作品を今見るより、今のVOCAの作品がやはりおもしろいと思ってしまう。
という感想でした。
(VOCA展受賞者の作品を収蔵している第一生命の本社ロビー-銀座-で、過去の受賞者の展示-今は女性作家の作品-をしていて、それも見た)
VOCA展のついでにSCAI THE BATHHOUSEまで足を伸ばし「宮島達男展」(4月15日まで)を見た。数字のビーズが壁から離れ床に落ちていた。