安西水丸展 世田谷文学館 (2021.8.18)

いつもは一応美術家として展覧会を見ますが、これだけはほとんどファン心理です。ただただ見たい。
ペンの細いスミ線と明快な色面(パントーン)のスタイル、その後の下手っぴ風な色鉛筆の直描きイラスト、村上春樹や嵐山光三郎らとの交友、俳句、お酒や旅などのエッセイ、どれも好きですが一番好きなのは小説です。
「手のひらのトークン」などの淡々としたニューヨークものもいいですが、「アマリリス」などちょっと隠微な恋愛ものも結構あって密かに好きです。
多才多趣味で余裕があり、優雅に人生を楽しむ人という感じですが、ある意味孤高の人ではなかったか。「孤愁」といった雰囲気を感じるのです。
展覧会会場は広くはないですが、資料の多さと工夫された展示構成、アットホームな雰囲気でとても楽しめる展覧会です。
安西水丸展会期 2021.4.24-9.20

安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展
安西水丸展

安藤榮作展「天の所有物」ギャラリーNishiIma25
2020.10.18 岡山県津山市

10月18日、秋晴れの日に岡山県津山市で開催中の安藤榮作展「天の所有物」を見に行ってきました。会場は古民家を改装したギャラリーNishiIma25と元米倉だった倉庫で、その2会場に30数点の作品が展示されています。
数も多く内容も多彩な展覧会で、安藤さんの代表作である大作の「鳳凰」、「天と地の和解」、「光のさなぎ」、「2千体の人型」の他に、いくつかのシリーズ-「ゴロッとした塊」シリーズ(私が勝手に呼んでいるだけです)。ただそこにあるだけで存在の価値を持つ、抽象という理解が始まる前からあるような彫刻。その逆の「空気の狭間」シリーズ-外界の空気の圧によってできあがった板状の存在(これは安藤さん自身がそう呼んでいます)。こどもの造形のような動物シリーズ、直角に曲がる人型シリーズなどが築200年の旧家にインスタレーション展示されています。
荘厳さとユーモアが同居し、抽象と具象などといった境を軽々と飛び越え、思いもよらぬところから生み出される自由自在さが安藤彫刻の魅力の一つだろう。この自由さは安藤さんの人間や宇宙に対する理解の深さによるものであろうが、それとともに彫刻に対する理解でもあると思う。
安藤さんの作品は斧1本だけで削る、ある意味単調な制作によって作られる木彫ですが、できた作品はものすごく豊かで人間の根源的存在性を感じさせます。それは彫刻という伝統的で厳密な形式の価値ややっかいさの諸々を深く受け止めて初めて、この自由で柔軟な表現ができるのだと思う。
彫刻であるべき必然性、つまり彫刻の芸術的可能性に対する深い洞察と理解なくしては出現し得ない作品だと感じました。

安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展
安藤榮作展

B-galleryでの個展が終了しました(2020.9.21)

B-galleryでの個展「キオクノウツワ」(2020.9.8-9.20)が終了しました。
(展覧会の様子は「exhibition」の個展 第21回/B-gallery(2020.9.8~9.20)をご覧下さい)

この時期にたくさんの皆様にご来廊いただきありがとうございました。
この3月に退職後、松江城に近い新しいスタジオで制作を開始し、コロナで身動きがとれなかった中、5ヶ月間描きためたものを発表することができて、とても幸運でした。
個展はその展示空間全体が1つの作品であり、B-galleryさんの明るくカジュアルながらも、清潔な空間で展示できたことは喜びでした。また自分としてはその中に身をおくことで完成を見るというか、やり終える事ができると考えているので、多少不安がありながらも上京できたことは本当に良かったと思っています。
今回、高校・大学の同窓、元職場の同僚、教え子達も駆けつけてくれて、楽しい時を過ごすこともできました。
在京中、松江は何回か大雨が降り、帰松すると季節が移っていました。
今は次のグループ展の制作をしています(「exhibition」のグループ展2020 CAF.N展(2020.11.4-11.15)
これからまた籠ってこつこつと制作の日々です。
また皆様にお会いできる日を楽しみにしています。ありがとうございました。

B-galleryでの個展
松江
新しいスタジオ

森アーツセンター「バスキア」展 2019.9.21(土)~ 11.17(日)

現代美術の文脈からは外されがちなバスキアだけど、そんなこととは関係なく昔から好きだったなぁ。バスキアの絵は何かホッとするというか、生身の人間そのもののような親近感がある。今回の展覧会は点数も多く、結構見ごたえがあった。
そういえば、ジュリアン・シュナーベルの「バスキア」(1996)もよかった。デヴィッド・ボウイがウォーホルをやっている。ジョン・ケイルの「ハレルヤ」にもしびれた。

バスキア
バスキア
バスキア
バスキア

「塩田千春展:魂がふるえる」 森美術館 2019.6.20(木)~ 10.27(日)

塩田千春は今まで結構見ているし、今更どうなのかなぁと思いながら友人に誘われるまま見たけどやっぱ、すごかったです。
作品がすごいのは前から知っていたけど、今回は彼女の生身のセンシビリティに触れた気がしました。
塩田の関心は精神(魂)と肉体(身体)、内面と外界の乖離と融合にあるように感じた。その感受性が鋭すぎて、作品としてなんとかしないと自分が崩れてしまう、そんな切羽詰まった怖さまで感じさせます。だから内や外、またその境界となる血液、骨や皮膚、糸、土や窓などをモティーフとして、それを自分の身体を通してどうにか外(他)と繋ぎ合わせられないかと苦闘することが作品になっていると解釈しました。特にドイツ留学中のアブラモビッチやレベッカ・ホーンに師事して模索していた頃のパフォーマンスは、その希求が真っすぐで、無防備で文字通り体当たりで痛々しいほどです。
今まで完璧に出来上がったインスタレーションしか見てなくて、やっぱ天才だなぁとか思うだけだったけど、涙ぐましい格闘の軌跡を見た後の今回の結論としては(すごく当たり前で陳腐な表現になってしまうけど)、天才的な作品とは、身を切る痛みの果てにしか実現できないものだということでした。

塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展
塩田千春展

写真集「留鳥」(蒼穹社刊)発行記念
伊藤昭一写真展 丸京庵市民ギャラリー 2019.7.6-7.15

全体としての被写体はなんだか定まらないのに、雑草や水面のディテイルがやけにキラキラ克明に見える伊藤さんの写真。
見ていると、意味を剥ぎ取られた世界の得体の知れなさとともに、その裏にあるかもしれない見知らぬ世界を垣間見たいという誘惑に駆られる。

伊藤昭一写真展
伊藤昭一写真展
伊藤昭一写真展
伊藤昭一写真展

第19回個展 ギャラリー事と(島根県雲南市) 2019.6.14-6.23

島根県雲南市の建築家、小畑絢子さんの建築設計事務所[アトリエ素と]に併設しているギャラリースペース[ギャラリー事と]での個展をレポートします。
タイトルは「ココデハナイドコカ」。
人は[今・ここ]を生きていますが、同時に[ここではないどこか・今ではないいつか]とともにも生きているのではないか。
そうした曖昧な意識や記憶の有り様を表現したいと思いました。
[ギャラリー事と]は旧歯科医院の建物を、オーナーの小畑さんがギャラリーに改装したもので、待合室(受付あり)があって、廊下を渡った先の診療室でメインの展示をしています。
小品18点を展示しています。またアーティストトークもします。地元のお時間のある方、ご高覧、参加頂けければ幸いです。

出品作品の詳細は[exhibition]の第19回個展/2019.6.14-6.23「ギャラリー事と」(島根県雲南市)をご覧ください。

第19回個展DM
第19回個展DM
第19回個展
第19回個展
第19回個展
第19回個展
第19回個展
第19回個展

京都場・中津川浩章個展(2019年4月20日(土)〜5月29日(水))

FBなどを通して作品やその活動(主にアートを通した障がい者支援)をずっと見させていただいている中津川浩章さんの作品本物をようやく見ることが出来た。

中津川さんの作品の生命線が文字通り「線」にあることは疑いようもないが、(それはチョット置いておいて)私には絵具のピグメント感が強いのが前から気になっていた。あのバイオレットブルーは何の顔料を何のメディウムで練っているのか(聞いてないのでわかりませんが)。市販のアクリル絵具かもしれないけど。ほとんど、いや多分まったく水で薄めない絵具を、硬めの筆で(使い込んで穂先がちょうどよく固まった筆か。これも聞いてません)ローキャンバスに押し付けるように描いている。それでマティエールとしてはかさかさしてマット(艶消し)にはなるのだが、顔料の粒子がキラキラ輝いているように見えるのが魅力的だ。

で、その「線」ですが、見た時にいろいろな思いをあふれさせ、強く引き付けられるその線は、その魅惑に抗しがたいという点で官能的だが、それとともに厳粛なものを感じる。多分描いている時は意図から離れ、なるべく無私になることは必要だろうが、それは単なる無意識とは違い、瞬間の決定でもそこには永遠に近い記憶や、描いてないときにした沈思黙考というか、思念の堆積が同時にあるのではないか。それがアクションペインティングなどとは違う画面の質を形成しているように思う。

ともかく引き初め工場の跡地という京都らしい時間が堆積している「場」(京都場)で、中津川さんの思念で充電され、ライトアップされた作品はとてもよく合っていた。

中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展
中津川浩章個展

ボルタンスキー展ほか

今回も掛け持ち出張の合間を縫っていくつかの展覧会を見ました。

■クリスチャン・ボルタンスキー展(国立国際美術館)

照明は消され、その所々で裸電球が光りまた明滅している会場に、心臓音、風鈴の音、叫び声(のようなもの。海に向けた収音機に集まるクジラの声?)が断続的に聞こえる。その中にある47ものインスタレーション作品を巡る。1969年からのボルタンスキーのスタイルをほぼ網羅した記念碑的展覧会だ。作品同士をつなげて見せたり、部屋を区切り独自の空間で見せたりしてあり、光、音、映像等とともに巡ることの臨場感も楽しめる。
生と死(今回は「来世」まである)、記憶、匿名性という根源的なテーマをこれだけ多くのスタイルで、そのどれもが重量感と密度を持って迫ってくる展示は見ごたえがあった。今までの経験で、ウームこれはどうかな?と思っていたものもいくつかあったが-例えば骸骨の影絵や海岸の鈴の音-今回は軽いほうのヴァリエーションとして、振れ幅のうちかなと思った。
しかしやはり無名の人々、時にはボルタンスキー自身も無名の一人として扱った作品に真の内容があるかな。心臓音や新聞の切り抜き、ピンボケの顔写真などのほかに、ボルタンスキーが今まで生きてきた時間を秒数としてカウントしている赤いネオン管の作品。その数字は、彼の死とともに止まる。壁の隙間からの覗いた部屋に置かれている多くの電球。それは毎日2個ずつ消えていく。等々。
それにしても来場者の半分以上が若い女性で、越後妻有や瀬戸内の芸術祭の影響か、かれは人気あるんだな。

ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展
ボルタンスキー展

■「霞はじめてたなびく」(佐藤雅晴、西村有、吉開菜央)
トーキョーアーツアンドスペース本郷

(個人的にですが、)佐藤雅晴さんの追悼のためにどうしても行かなくてはいけないと思っていた。佐藤さんががん闘病中で昨年余命宣言されていたことは、トーキョーアーツアンドスペース本郷のHPで彼自身が告白していて知っていたが、先日「六本木クロッシング」展の佐藤さんの「Calling」をFBにポストしたのは、作品に純粋に共鳴したからだ。逝去されたのはつい先日知った。
3階建てのギャラリーは1階ずつスペースが作家に与えられていて、1階が佐藤さん。《福島尾行》は震災後の福島の日常を淡々とまたゆっくりと描いている。(スクリーンの前のピアノが無人のまま低い音楽を奏でている)映像は所々アニメーション化されていて、季節の移ろいやその場の空気が身体的感覚を通してしみじみと浮かび上がってくる。もう1点《雪やコーヒー》はモノクロームアニメーションで、コーヒーに角砂糖を入れる瞬間がスローモーションで繰り返される。角砂糖にコーヒーが滲みこむ。何でもないがいつくしむべき人生がゆっくりと流れる。

佐藤雅晴
佐藤雅晴
佐藤雅晴

2階は吉開菜央さんの映像とテキストのインスタレーション。「石の話」や「金魚の話」など、はじめも終わりもない、目的も大したオチもない、ただたまたま経験したことを綴ったテキストが、自転車に乗る映像とともに並んでいる。生身の自分が風を切る身体感覚。その場でたまたますれ違ったものや経験したこと(金魚や石)。それは意味が発生する前の無垢でむき出しの世界だ。(余談ですが、吉開さんはあの米津玄師の「Lemon」のミュージックビデで踊っている女性だそうだ)

吉開菜央
吉開菜央
吉開菜央

3階は西村有さんの絵画。見た瞬間、「昨日VOCAで見た作品だ」と思った。その時もすごくいいなぁと思った。(VOCA他いくつかの展覧会レポートは後日HPのtopicsにアップしたいと思ってます)その場で見た景色ではなく、いつかどこかで見た記憶の彼方から染み出てきたような風景。直接描いていない。何が見えるのかわからないところからたどり着いたような風景。意識の底にある世界像。

西村有
西村有
西村有

この展覧会を見て言えることは、3人とも、何があっても何がなくても人生はいつくしむべきものだということ。そのやさしさにうっとりしてしまう。
佐藤雅晴さんのご冥福をお祈りいたします。

東京美術館&ギャラリー巡り 2017.11.16

先日行った六本木の小山登美夫ギャラリーの「ソプアップ・ピッチ」展があまりに良かったので、同時開催の渋谷ヒカリエの8/ ART GALLERYのほうにも行ってみた。カンボジアの土着性が圧倒的なエネルギーで空間全体に溢れている。

ソプアップ・ピッチ
ソプアップ・ピッチ

そこからGoogleを頼りに表参道まで歩いてGYRE3階のEYE OF GYREへ。「コンセプト・オブ・ハピネス-アニッシュ・カプーアの崩壊概論」展。いつ見てもカプーアには驚かされる。今回の展示作品は暴力的なエネルギーの塊のようなものだが、その中に冷徹なまなざしを感じる。

アニッシュ・カプーア
アニッシュ・カプーア

そこから100m歩くとエスパス・ルイ・ヴィトン。ここに入る時は、ピシッとしたスーツのお兄さんにドアを開けてもらうので、いつも緊張する。何も買わないので、そそくさと最上階へ。「ヤン・フードン(楊福東) 《The Coloured Sky: New Women II》」展。5枚のスクリーンを使った映像インスタレーション。水着を着た中国人美女5人と、馬とラクダが浜辺のセットのような場所にいる。表情を変えずスローに動く人とモノが時々色の光に包まれる。何を言っているのかわからないが、その不自然さになかなか目が離せない。

ヤン・フードン(楊福東)
ヤン・フードン(楊福東)

そこから千代田線で一駅。乃木坂で降りて新美術館の「安藤忠雄」展。平日なのにかなり混んでいる。貧乏なプロボクサーが建築に出会い、やがて海外で大きな仕事を任されるようになり、東大の教授にまでなったサクセスストーリーは一般的にも知れているし、それにもかかわらず、英語もしゃべれず、いつも庶民と同じ目線で未来を語る人間味にも惹かれる。コンクリートの壁による仕切りや箱型、階段やスロープに、抜ける空間や水などを組み合わせた空間は小気味いい。個人住宅から最近の公共施設まで模型と写真で紹介しているが、プンタ・デラ・ドガータなどの大型模型がすごくいい。

安藤忠雄
安藤忠雄
 
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