ビートポップス  2016.7

風景

2016年7月12日 大橋巨泉 逝去 享年82歳

中学生のころは結構体育系で、弱小ながらもテニス部の部活に熱中していた。しかし土曜日の午後だけは部活が終わるのが待ち遠しく、終わると着替えもそこそこに家に帰った。「ビートポップス」があったからだ。「ビートポップス」はテレビで初めての洋楽のランキング番組で、「ビルボード」や「キャッシュボックス」の情報をもとに毎週アメリカンポップスのトップ20を紹介していた。

司会は大橋巨泉。音楽評論家の木崎義二や、今ではよぼよぼのじいさんにしか見えない、振付師の藤村俊二などが出ていた。大橋巨泉はあのころから昭和のおやじギャグを連発していた。今でも覚えているのが「牛も知ってるカウシルズ、ウッシッシ」。カウシルズの「雨に消えた初恋」はすごいヒットだった(https://www.youtube.com/watch?v=SxuAKVNtxNQ)。

あのころ聞いた曲は今も忘れない。ビートルズやローリングストーンズ、モンキーズはもちろんのこと、ホリーズ(「バス ストップ」)、ゾンビーズ(「二人のシーズン」)、オーティス・レディング(「Dock of The Bay」)、メリー・ホプキン(「悲しき天使」)、ナンシー・シナトラ(「シュガー・タウンは恋の町」)、スコット・マッケンジー(「花のサンフランシスコ」)、ドアーズ(「タッチ・ミー」)、アニマルズ(「朝日のあたる家」)ウォーカー・ブラザース(「太陽はもう輝かない」)などなど。

それらの曲と時々流れるミュージックビデオは、同時期に見ていた「ルーシーショー」や「奥様は魔女」などとともに、見たことのない遠い国への憧れを募らせるに十分だった。

フロアーでは流れる曲に合わせてミニスカートの子が思い思いに踊っていた。ツィッギーがミニスカートはいて来日してすぐのことだ。みんなかわいかったけど、特に杉本エマと小山ルミが人気だった。私は断然小山ルミ派。

ある時、外国から来たアーティストにアナウンサーがインタビューしたことがあった。「What is you do …」的な変な英語をしゃべったアナウンサーに向かって大橋巨泉が「ばかだなお前、一つの文章に動詞は1つなんだよ。」と言ったのを聞いて、目の前から霧が晴れるような気がした。それは今思えば、構造が文章を作り意味を紡ぎだすものだということを初めて知った時だった。

大橋巨泉のその後の活躍の軌跡は多くの追悼番組でやっていた通りだ。『11PM』『クイズダービー』、セミリタイヤから海外での事業、参院選と辞職、癌との闘病生活など。多面的な人だったから人によって取り方が違うだろう。中にはふざけた奴だ的に見る向きもあるかもしれないが、巨泉のジョークや自分本位とも思える行いは、体制や権威に対する意思表示として一貫していたと思う。自由と自立を目指す生き方をパフォーマンスで示し、何よりも表現と言論の自由を最期まで訴えていた大橋巨泉の遺言を自分なりに受け継ぎたいと思う。


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