随想2

[Contents]
  1. アクリル絵具とのつきあい
  2. 「SEED展」について[1]
  3. 「SEED展」について[2]
  4. 「SEED展」について[3]
  5. NEW YORK HANGING AROUND

「SEED展」について[2]

 卒業後何年かの間に、それこそ生活、仕事から絵画制作に関わる時間、コンセプト等あらゆるものが変化したであろう。また逆に卒業研究がその後の本人の制作スタイルを決定してしまった例もあるかもしれない。そんなことを踏まえて作品を批評できるのはゼミを指導した私だけであるし、そのように作品だけでなく制作者本人を見つめていことが教育者としての態度であるという思いもある。
 また、私が指導してきた作品と本人自身による作品の変化により、「絵画制作とは何か」を考えてみることが私の大きな関心事でもあるので、作品批評に入る前にまずは業制作の指導について若干の説明をさせていただきたい。
 卒業作品は授業での技術を磨く習作や、与えられた課題作品とは異なり、これが自分の作品と呼べるものであるという自負をもった自主的作品であると私は位置づけている。そのため卒業作品を、上に述べたように、学生が本人なりに「絵画を描くということを自分か生きていることの根本的な意味を問う作業」として成り立たせたものであるべきであると考え指導に取り組んできた。
 そのためゼミではまず、次の3つの要素をもとに絵画成立の講義をする。

  1. 絵画理念(コンセプト)—作品の中に込めたいもの。自分の思い。人間、世界、宇宙などに対する自分なりの考えとその絵画的アプローチ。
    絵画自体(絵画というもの)に対する自分なりの考え。
  2. スタイル(形式)—理念を実現するためにとる作者独自の描き方。
    (理念とスタイルは必ずしも理念が先にあるとは限らない)
  3. 技術・技法一理念・スタイルを実現するための技術や方法。

 これら3つの要素が分かち難く結ばれることによって、初めて一点の作品が生まれるのである。
 次にゼミ生が高校時代からの作品や好きな作家の資料を持ち寄り、本人がそれまで習得した技術・技法・知識をもとに、学生同士や教官と何度か話し合い、過去の自分の作品を点検する。また画集や文献により自分の好きな作家、流派、主義、時代等を確認することによって、自分の絵画制作上の資質や方向性を探っていく。
 上記のような授業を何回か繰り返しその中で、自分の絵画に対する考え一自分の描きたい作品のイメージ・モティーフとそのための造形的手段・技法・スタイルなど一を次第に明確にしていく。
 そしてデッサン、イメージスケッチ、計画などを作りながら、作品のイメージを強固なものにしてゆき、最終的に卒業時点での自分の絵画スタイルに到達するようにしている。
 もちろんこれらのことをひとつのまとまりを持って完成させることは至難の業であり、学生はやりきれなかったという思いを残すことも多い。
 ともかくゼミ生の卒制には、上記のような制作の手順で関わっている。卒制の時点ではこのように私が関われるが、卒業後はそれが本人に任される。このような、いわば絵画を絵画たらしめる(成立させる)制作を、彼らが専門家として自らどのように行なったかが私の指導者としての関心事であり、分析のしどころである。
 それではいくつかをビックアッブしてコメントしていきたい。

H君(H3卒業)—H君は私が赴任したとき4年生で、それまで絵画担当の専任教官がいなかったにもかかわらず、自主的に大作を描き溜めており、専門の教官の赴任を手薬煉(てぐすね)引いて待っているといった学生だった。地方の学生にしては珍しく、中央の公募団体の動向や今日的な表現の特性・流行等に敏感でもあった。卒制[図版1]は点、線、面と調子による明快な構成と空間を持つ抽象作品となっており、在野系公募同体展に人選できる程度の完成度を持っている。
 しかし今回のSEED展の作品[図版2]を見ると、スプレーによる影の多用により、平面上の錯視的な空間入り組みが複雑になり、また切り取られたペラペラな人型がユーモラスな表情をかもし出してはいるものの、基本的な手法としては卒制当時と変わらず、今日では衝撃的な効果を生むものではない。
 彼はすでに中堅の美術教師としても活躍しているが、地方美術教師として安定し、絵画も落ち着きすぎてしまっているのではないか。この居心地のよさに安住せず、もう一度自分を叱咤激励し大きな転換を果たして欲しい。


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